09

 別々の景色をみて大人になった。それを改めて強く感じた。同じ食卓を囲んで、こんなに近くにいるのに、明日からはまたエルザと離ればなれになる日々が来る。俺たちが別々の生き方を望んだことは一度としてないというのに、気付けばあの頃のように連れまわすわけにもいかなくなった。ボンゴレの本部の場所すら教えることを躊躇ってしまう。それは、紛れもなく、俺自身が自警団ボンゴレを脅威だと思うようになったからだろう。この別れは間違ってはいない。自警団を立ち上げたときに、幼馴染の一人がいないことを心細く感じていた俺たちのほうが間違っていたのだ。

 (俺たちと来ないか。)

 自警団を立ち上げたばかりの頃なら、俺は迷わなかった。しかしボンゴレは自警団の体裁を保ってはいられなくなりつつある。俺たちと来ないか、と手を差し伸べるのではなく、新たに銃を差し出すような真似はできない。この町を愛して戻ってきたエルザに強いることなど、できやしない。エルザがこの町での穏やかな暮らしを望む限り、俺たちは遠くからこの町を守るしかない。


「あなたたちのことはもっと好き、離れてもっと思い知ったの」


 晩餐の賑やかさは静まり返り、振り子時計が静かに時を刻んだ。

 ああ、あまりにも酷だ。少年時代の初恋は慈愛だったのだと、何度自分に言い聞かせてきたことだろう。水を得て、息吹を吹き返しそうな想いがあった。その言葉が、二人の幼馴染に対等に向けられるものだと分かっている。俺はかるく身を乗り出して、食卓越しに幼馴染の頬にキスを落とす。返事のようにして俺の頬に返ってくるキスの後に、エルザは上機嫌な声を漏らして笑った。この想いも、キスも、8年経っても変わらなかった自慢の友愛だ。俺とGが恋人を作らないのも、こんなに大事な一人の幼馴染がいては無理もない。

「……私はあの最後の日、あなたにキスしてって視線でせがんだ」
「それは損をした」
「ジョットってば情けない、やっぱり私のほうがきっと、……そうだな、腕相撲だったら私のほうが強いかな」
「なら試してみるか」
「ヤだよ。負けるの嫌い、だからあなたと力比べなんてしようと思わないの」

 いつの間にか俺たちらしい、力比べの話になる。エルザは袖をまくり、腕相撲をする素振りをみせておきながら自嘲する。買い物も一人でこなし、木箱でも軽々持ち上げてしまう筈が、白くて細い腕だった。

「男に敵うわけないじゃない。あなた筋肉ついたでしょう、背も伸びた。私はもう、鍛えてないし、しおらしく家事に努めるわ」

 もう、坂下りを競い合うこともない。勝敗が分かっている腕相撲も、することはない。当たり前でなくなったことを寂しく感じるが、思えば、エルザに女らしく、と言ったのは俺である。あの男勝りのままだったら、間違いなくエルザも俺たちと同じ道を選んでいた。女は家庭を守るもの、男は家族を守るもの。間違っていなかったと、心の中で独りごちる。

「それでも俺は一回も腕相撲で勝てなかったな、あの頃がいつでも懐かしいさ」
「そう? 私ってどんな子供だった?」
「喧嘩っ早いが、一貫して弱い者の味方だったお前はかっこよかった。俺のあこがれだった」

 弱者の味方である、エルザの芯は変わらないのだろう。今日もどこかで、俺たちの知らない街で、俺たちの知らない人に、彼女はやさしい。そう信じて、自警団を務めてきた。
 エルザは昔と違って、照れ隠しに何かを投げるでも、大声で全否定するでもなく、力の抜けた声で笑う。空になった俺のワイングラスに最後の一滴まで注ぐと、意味もなく満足げであった。

「皆の間を取り持つのが上手で、器用なあなたは私の憧れだった」

 俺は残りほんの少しのワインを飲み干し、間を置く。エルザが、言葉で俺を認めてくれるなんてどういう風の吹きまわしだろう。

「次にここの近くまで寄ることがあったら顔をだすさ」
「えらい人はそんなにうろうろする時間あるかしら」
「まぁな、最近は椅子に座ってる時間が増えた、柄じゃないんだ、こういうの」
「そうだね、正直似合わない。豪華な屋敷も、私に会いに来るときは絶対に着ないあの引きずりそうなローブも」
「世辞一つないのか、厳しいな」
「でも、これから板についていくのね、いや、私が見慣れていくのかも」
「……ああ。だとしても、だ」
「だとしても、特別な友人であることに変わりないままで」
「もちろん」

 俺は懐中時計を取り出して時刻を確認する。日付はとうに変わって、そろそろ戻らなければリディオに小うるさく注意されてしまうだろう。寝息をかく隣のGを軽く揺すった。のったりと体を起こしたGは寝ぼけ眼をこすりながら、わざとらしくあくびをする。この相棒、昔と代わらず、してやったり顔で俺を見ては愉快げにほくそ笑んだ。

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