09

「自警団が形になるまでには苦労の連続だったさ、ガキに何ができるって、圧制で冷め切っちまった町の奴らも、最初は俺たちに冷たかった。なあ、でもやるしかねえんだ、コザァートが地元に戻ってからはコイツと二人、どんな事でも断らずにやってきた。もちろん失敗ばかりだったさ。どうしようにもない日は酒にもたばこにもすがってきた。こんな時あの頃の馬鹿みたいに怖いもの知らずなテメェがいたらと、なんどコイツと話したことか……なぁ相棒」

 耳まで真っ赤にしたGが、勢いよくジョットの肩に腕をまわした。8年ぶりに再会した幼馴染は、酒癖の悪いおじさんになっていた。私はおかしくなって、ワイングラスをいったん置く。お酒が回って、ほんのり火照って、気分は上々である。悲しいことなんて何もない。悲しい別れはもうなしにしよう。私達は再会を祝うと同時に別れの夜を惜しんだ。

 夜もとっぷりと更けた後、私の家で遅めのディナーを振る舞って、彼らが持ち寄ったワインは、もうボトル2本開けてしまった。「仕事はいいの?」と気遣っても時すでに遅し。もちろん仕事を全部片付けてきたという彼らは、お構いなしと言った様子だ。二人は明日の朝に、この町を出る。

「Gってお酒強いと思ってた」
「今日は気分がいいんだろう。コイツ、普段はハメを外さない程度にしか飲まないからな」
「一晩寝りゃ酔いもさめる、問題ねえ。……エルザ、テメェ、全然酒減ってねえじゃねえか」
「いやいや、こいつ既に5杯目だ」
「今しか飲めないとおもうと。こんな良いもの私じゃ手がでないもの」
「貰いものさ」

 そして、ジョットは品よくワインを口に運ぶ。その姿に、私はふと、今まで仕えてきた地主や、シエナで出会った男を思い出す。都会の、社交慣れした仕草だ。この町の酒場のおやじさんたちには「かっこつけんな」と笑われるという。分かる気がする、幼い頃のジョットを知っていれば、あまりにも背伸びしたように見えた。でもそれは、日頃の彼とはとちがう、見慣れた者からするとどきりとするようなものでもある。

「ところでコザァートとは連絡とりあってる?」
「年に1度手紙を送りあうぐらいだな。だがあいつも変わらず大事な友だ、報告することもできたことだし、ひと段落したら手紙を送ろうと思う」
「あれっ、会ってないの?」
「ああ、放浪してるから捕まえるのも困難だ」

 コザァート。私にとってはひと夏の親友であった。数年前にコザァートの一家は別の町に移り住んだらしく、もうこの町には彼の面影がなかった。海がすぐそばにあるという、彼の故郷の名前を私はまだ知らない。

「いったい今頃どこをふらついているのやら」
「ん、半年ぐらい前だったかなあ、偶然シエナで会ったわ」
「……おい聞いてないぞそんなこと」
「てっきりコザァートから伝わってると思った」
「元気にしてたか?」
「ええ。そういえば彼も組織を起こしたといってたけど、同業?」
「そんなところだ。そもそも俺たちが自警団の提案をしたのはアイツなんだ」
「なるほどねえ」

 見解の広いコザァートらしい。警察の監視の目も十分には行き届いていたなかったこの町のありかたを、彼も真剣に考えてくれていたんだろう。けれど、実際にやってみれば容易なことではない。Gが吐露した言葉は偽りなんてないのだ。私もそこにいられたとしたら、今頃どうしていたのだろうな。彼らと肩を並べて、同じ苦労を背負えていたら……、たらればの話は尽きそうにない。
 私がいたら、なんて言ってくれたGは睡魔に打ち負けたのか、ジョットの肩に腕をまわしたまま寝息をかきはじめた。私がいたら、二人と一緒に何ができた? Gが起きていたら、訊いてしまったに違いない。彼は、明日には自分の言ったことも覚えてないんだろう。

「……えっと、ところで自警団の本部はどこに?」
「中部から北のどこかと言っておこうか」
「広すぎ。南といってもレッジョとナポリで大分違うっていうのに」
「はは、エルザ、ほんのこの間までは案外近くにいたのかもしれないな」
「そう?」
「シエナなら2、3度は訪れたことがある、赤茶色の美しい街だ」

 伝統的なシエナ色にそまった街。人波に押されていたころを思い出す。私は重たいメイド服の感覚を、忘れつつある。ジョットもGも、同じ景色を見ていたのだろうか。遠く離れてしまっていたと思った彼らと、あの街で出会うことがあったら、それはなんて素敵だろう。

「ばったり会ってたりしたら、笑っちゃうね」
「会ってたら気付いているさ」
「私も」
「帰りたいと思うか?」
「まさか。私はやっぱりこの町が好きよ、離れてやっと、ありがたみを知った」

 眠気とアルコールに包まれて、意識がふんわりとしてくる。対向かいに座る幼馴染み二人が、いつかの頃のように幼い少年の姿で見えた。今、彼らの目に私はどう映るのだろう。

「でもね、あなたたちのことはもっと好き、離れてもっと思い知ったの」

 お酒にすがって生きてきた。言えまいままの気持ちを涙の代わりに吐き出して、楽になる方法を覚えてきた。男勝りで負けず嫌いの少女は、ここにはもういない。

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