10

「自宅にもボンゴレの屋敷にもいなかったぞ!!」
「交友関係は把握しているだろ!! 町中を探せ!!」


 幼い頃のやんちゃが今になって活きるなんて思いもしなかった。大人なら通ろうとはしない細い抜け道、自然が作った砦、この町が変わらないでいてくれたから頼りにできた。スカートは裾を縛って、背丈よりある塀をよじ登る。少なくともお花摘みばかりしていた少女のまま育っていたら、足を上げるなんてできやしなかった。生憎、体はクセを覚えていた。
 男達の怒声がかすかに聞こえた。高いところは長居できない。塀から飛び降りて受け身を取る。できた、と感動するのも一瞬。超えてきた塀の向こうが騒がしい。

「いたか!?」
「いや……西方に逃げてった姿を見たのが最後だ。あそこは道が入り組んでいる、身をひそめるところも多い」
「相手は丸腰だ見つけ次第掴みかかれ!!」
「おい、ところでボンゴレはどうする、守護者がいるぞ」
「まだ足止めできているだろ。奴らは人を殺せない」

 考えてる暇なんてなかった。ジョットとGがこの町を離れてもう2日が経つ。昼間の買い出しに出かけて戻ってきたら、家の前に黒づくめの男達が家に乗り込んでいることに気付いた。ジョット達の仲間がそんなことをするはずがない。何かがおかしい。正面から接近するのは危険だとおもった。気付かれる前に逃げるように町に引き返したら、これだ。あまりにも突然の出来事だった。
 奴らは私を狙うと同時に、ジョット達の組織についても探ってる。そうだ、彼らは逃げ場の少ない山間部を抜けただろうか。

「逃げ足の速い女だ」

 逃げ場の少ない路地裏も危ない。息を切らしながら日の当たる表通りに出、呼吸を整えた。こんなに走ったのいつぶりだろう。苦しくて苦しくてたまらないというのに、また、騒々しい足音。顔を上げると、私を追いかけてる男の一人が居た。目が、合う。

「みつけ――」「逃げろ!」「ぐっ!?」

 1対1、なわけがない。挟み撃ちが来る。逃げられない。足が竦んだ次の瞬間、男に飛びかかってきた人影があった。追手を取り押さえ、羽交い絞めにしているあの人は――靴屋の、おじさんだ。


「エルザ! 店に逃げ込め!」


 他に行き場はなかった。目についた、見慣れた看板めがけて走り、靴屋に飛び込む。入店ベルが激しく揺れた。とっさに開店中の札を裏返して入り口を施錠する。店番をしていたイルダ婦人が目を丸くして私を見る。けれど、すぐに状況を理解したのか、私の腕を引いて店の奥へと連れて行ってくれた。

「奥の、あん人の仕事場で隠れてなさい」
「おばさん、突然ごめんなさい、どうか許して」
「いいのよ、話は後で聞くわ」

 イルダ婦人は私にウィンク一つ。お店の方へ戻っていく。靴職人のおじさんの仕事場は、こじんまりとした個室で、ここに来るのは随分久し振りだった。テーブルには飲みかけのコーヒーと磨きかけの靴。この部屋の窓からは、さっきまで私が潜んでいた路地が見える。けれど勝手口もある、まだ油断はできない。
 すると、再び、今度は静かに入店ベルが鳴った。脈が早まり、お店の方へ聞き耳を立てると、おじさんの声がした。よかった、追手も入って来てなければ、おじさんも無事らしい。穏やかな足音がこの部屋に近づき、ノックの後にドアが開く。

「おじさん! 助かった、ありがとう。ケガは……」
「無傷さ。なあに、俺はこれでも若い頃は、チビだったお前たちみたいにやんちゃしてたのさ。男には悪いが、ま、今日はいい天気だ、道端で昼寝してもらうことにしたよ。それよりエルザ、どうして追われているんだ」

 私をとがめる口調ではなかった。少しだけ緊張が緩み、そもそも私がなぜ、追いかけられているのかをやっと考えられる。
 怒号は確かに私の名を呼び、男達は急に走り出してきたのだ。とっさに逃げてしまったから、逃げ切るしかないと思った。少なくとも追手は4人いる。そして奴らは、ずっと前からこの町の路地裏に張り込んでる。追手が一体誰なのか、手荒な警察なのだとしても、追いかけられる理由は分からなかった。

「心当たりが……なくて」

 まさか、遥々シエナから私を引き戻しに来た、なんて筈はない。私は一端の使用人でしかなかったのだ、そうだ、そんな筈はない。
 おじさんは冷めたコーヒーを飲み干し、窓の外を窺った。人影は見えなかった。

「……そうか、なら坂の下の喫茶店へお行き。家の方向へ戻るのは不安だろうけれど、あそこはほら、主人が元警官だ」
「悪いことなんて何もしてない、信じて」
「もちろんだ、信じる。カティアが居なくなったあの日から、何度も一緒に飯を食った、お前はうちの娘も同然だ」

 私はおじさんに頭を撫でられて、目頭が熱くなる。泣かない、ここでは泣けない。「怖かったろうに、頑張った」、優しい言葉。この人たちが居てくれてよかったと息を吐く半面、ここに長いしていてもいけないと気付いた。何の理由にせよ、私はけっして良い理由で追いかけられてるのではない。お店に損害を加えるような真似はできない。

「……私、いくわ」
「おう、それからジョットが居なくともボンゴレはこの町の優秀な自警団だ
――おい!路地裏に問題ないなら入って来い」

 おじさんは窓の外に顔を出し、誰かを手招いた。勝手口をくぐったのは、まだ幼さが残る顔立ちの少年だった。10代半ばぐらいだろうか。丸くて、くりっとした瞳が、リスみたい。


「あなたは……まさかピオ?」


 記憶の中でいつも泣いてる。顔を真っ赤にして、いつも誰かの足元で裾をつまんでる。あのおおきな家で育ったジョットとGの、最も小さな弟分だった。小さい子供は8年もあればこんなに成長するものか。旋毛を見下ろせた男の子が、すっかり私に追いついていた。

「そう、僕はピオ。泣き虫のピオだ、覚えててくれたんだねエルザ! やっと話せる!」

 ピオは混みあがってくる涙をこらえるように、表情をゆがめる。あ、泣いてしまう。つい、私はピオの涙をぬぐうためのハンカチを探そうとしてしまう。でもピオは強くなっていた。自分でぐっとこらえて、まっすぐに私を見つめた。

「エルザが帰ってきてから僕がずっと影で護衛してた。といっても、ジョットがいるときは安全だったけど……奴ら、まさかエルザを狙うなんて。さ、喫茶店まで僕が護衛する。まかせて、僕ランポウさんの部下なんだ。強くなったんだ、すこしは、まあ、一回りでかいミケを投げ飛ばすぐらいにはね。情けない姿見せられないからさ、何か起きるまでは気付かれないようにしてたんだ」

 涙の代わりに言葉が溢れ出たピオ。変わりなく、優しい子だった。年頃の男の子になったのだなぁ、と、親心に似たものがうずく。まだまだ私にとっては弟のようなものだけど、頼もしさがうかがえた。どちらかと言えば、ジョットに似たのかもしれない。

「それから、僕はエルザを届けたらエルザの大事な家から男達を追っ払ってくるよ。安心して、喫茶店にはすぐに迎えがくる。うごける?」
「……行こう!」

 もう、足は竦まなかった。そして店のドアが強くノックされる音が聞こえた。追手だろう。ピオは強く頷き、勝手口へ私を招く。怯えるな。私には黒い渦より怖いものなんてない。「奴らは任せろ」と、おじさんが私にウィンク一つ。ジョットとGが残してくれたものも、母が私に残してくれたものも、この町のすべてが私を助けてくれると、信じた。



「警察だ!、エルザという女を探してる」

「彼女が、どうかしたのかしら」
 
「犯罪組織に加担した容疑をかけている。匿っているようだったらお前たちも同罪だぞ!!」



Next..."Cavigliera d'Italia"

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -