04

 アラウディとナックルから送られてきた別々の案件の報告書を読み終え、俺はナックルへの返信をまとめていた。署名を書き終え、インクボトルをジョットのデスクに戻す。封をしようとする俺の手元を見て、ジョットは突然「あ」と間抜けな顔をした。

「エルザにあと1週間で出ると言ってしまったよ」
「2日早やとちったな」
 
 俺とも話し合わないうちに取り決めるとは、良いご身分である。俺が呆れた顔を向ければ、ジョットはカゴに残った焼き菓子をつまみながら半笑いでごまかした。
 これまで2時間ぐらいだろうか。ジョットは集中力を見せてずっと書類と向き合っていたが、今の会話で途切れたようだ。
 すっかり日が落ちて暗くなった窓の外を見ている。屋敷で一番大きなこの書斎はエルザの家の方角を向いていて、日が落ちれば家の明かりがわずかに届く。ジョットがその明かりを確かめながら憂いの視線を向けている。仮に、このタイミングでチェラーゾファミリーが襲撃してきたとしたら、ジョットは窓を突き破って真っ先にエルザの元へ駆けていくに違いない。

「G、すまないがランポウとリディオを呼んできてくれ。日程の説明をする」
「ああ」

 廊下に出れば厨房から漂うディナーの香ばしい香りが届いてきた。香辛料がきいている。料理人はいい肉が入ったんだと、大喜びしていた。自分はほとんど口にすることがないのに、珍しくジョットがこの屋敷にいて、自分の料理を食べてくれることが嬉しいらしい。ここの料理人もジョットに救われた大勢の中の一人だ。元々は町中でレストランを構えていた。店が潰されて路頭に迷っているところを、ジョットが手を差し伸べた。

 厨房からは数人の給仕係が出入りしている。ジョットと俺とランポウと、それぞれの護衛としてついてきている部下数名の食事のために、毎食忙しない。

「G様、お食事になさいますか」

 厨房を覗いて人を探していると、背後から声をかけられた。頭の中で声と顔が一致する。入れ代わりがある守護者とは別に、常にこの屋敷の管理を一任している使用人のリディオである。やや小柄であるものの、俺たちの年代の中では随分落ち着いた雰囲気を持つ。

「ジョットにお前を呼んできてくれって言われてな。食事は話の後でいいか」
「ボスがですか。この屋敷を出るのですね」
「察しが言いな。奥の書斎にいるから先に行っててくれ」
「はい。あぁ、ランポウ様でしたら食堂にいますよ」
「ったく食事だけは早々駆けつけやがって……」
「ランポウ様らしいではないですか。では」
「ああ」

 足早に書斎へ向かうリディオの背中をしばらく見送った。朝から晩まで、休む間があるのかと案じるほどに常に働いている姿ばかり目にする。何一つ文句をいうところを見たことがない。ジョットに頼られていることを、リディオもまた、誇りに思っているらしい。今でこそ頼りがいのある使用人の一人だが、ジョットと俺と出会った時には奴も戦場にいた。元は敵対勢力の敏腕構成員として有名だった。出身は俺たちと同じこの町だ。当時のボスに見殺しにされかけた時に、ジョットが義理で助けて連れてきて以降は、銃も拳も封じてこの屋敷を守っている。


「ランポウ、飯の前にジョットから話がある」


 誰よりも真っ先に食堂の定位置に着き、今か今かと食事が運ばれてくるのを待っていた様子のランポウに声をかける。俺を見かけた時点で顔をしかめていたのだ。一度は重たそうに腰を上げて、数秒動きを固めたかと思えば座りなおしている。机の上に顎までおいた。御曹司サマがマナーを覚えきる前に実家から連れ出したのは、間違いだったかもしれない。


「……ええ〜ごはんの最中でいいものね」


 ジョットが組織構成員に対して規律を守ることをしつけたことは一切ないが、自然と目上を尊ぶ体制になっていた。しかしピラミッド体制が完全に出来上がったあとでも、ジョットの側近に当たる俺たちだけはフラットなままだった。どこか一歩引いているDやアラウディとは別に、地主の御曹司として育てられたランポウはワガママでジョットに従わない。
 ランポウが引っ張るべき部下たちが、むしろランポウを引きずって抗争の渦中に赴くことすらある。しかし今はその部下たちの姿も見当たらない。こうなれば俺が襟首をつかんで引きずっていくしかなかった。

「おい、行くぞ」
「グエッ!! ちょっ……っ、Gってば暴力はよくないものね」
「しつけだ。ほら立て」
「ボスに言いつけてやるものね」
「勝ってにしろ」

 自分で歩く気力すらないのか。俺に引きずられ気味のままのランポウはその後もぶつくさと文句を零している。ワガママで臆病で、やる気も十分ではない。ジョットがなぜ、限られたリングのうちの一つをこいつに託したのか。現在共に生活をしているリディオですら首をかしげることがある。俺はジョットの意向を尊重してきたが、ランポウを選んだ時にはジョットの考えが分からなくもなった。しかし実際、何度も前線に立っても命を落とすことなく戻ってきている。その実力は、俺では見極められなかったものだろう。だが、だとしても、普段のこの態度はどうにかならないものか。

「ん? G、なんかいい匂いするものね」
「今日のメインはステーキだとさ、早く食いたかっかったらおとなしくジョットの話を聞いてこい」
「違う。なんかあまーい匂い」
「ビスケットつまんだからな」
「えーずるいものね! オレ様今日おやつたべてなーい」

 ランポウがその場で蹲る。この様子ではジョットの話をまともに聞くかすら怪しい。

「ジョットのとこいってもらって来い。てめえの部下に見張らさせてる女からの差し入れだ」
「ボスとGの幼馴染の? この間のパイは美味しかったものね」

 かと思えば急に立ち上がり、俺を追い越して歩いていく。ランポウを動かすために経費を削って菓子を常備すべきなのか。いや、でもそんなことはできようがない。

「オレ様会ったことないけどどんな人なものね? 美人?」
「男勝りで喧嘩が強かった。まあ、ジョットのおめがねには適ったな」

 書斎の中からはジョットとリディオが談笑する声が聞こえた。俺はノックをする。中から帰ってくる返事と同時に、笑い声もやんだ。
 

「へー、ならボンゴレ夫人にいいんじゃないの」


 ランポウの関心のない間延びした声が、ジョットに聞こえてなければいい。ジョットはエルザを巻き込むことに神経質になりつつあった。恋人? 夫婦? 仮に望んだとしてもこの状況ではもってのほかだろう。肩を並べて歩く二人の幼馴染の姿は目に浮かべど、俺たちが歩いてきた8年でジョットが拾い上げたものは、既にエルザには見合わない。ジョットがあのマントを羽織ってしまえば、もうその隣にはエルザの姿を思い浮かべられなかった。

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