03

 俺たちは自警団としての拠点を森の奥に構えた。この町を守るという志しをもってしても、Gと二人で始めたことは日常の延長にすぎなかったからだ。昔はいつだって森からエルザを連れ出して遊んでいた。俺が一番守りたかったものはもう居なくなってしまった後のこと。俺たち3人が好きな町と、彼女が帰ってくるべき場所を、自分たちの力で守り続けよう。俺はGと誓いあった。時間の経過がエルザの顔をはっきりと思い出させてくれない時こそあれど、ここで過ごした時間の証拠として、森にも執着していた。

 まさか"こうなる"とは思っていなかった。今では町を離れ、北イタリアの未開拓に等しい土地に本拠地を構えてからももう数年が経つ。俺たちがこのまま町に居続けることが、かえって町民を傷つけることに繋がるなら、と身を引いたのだ。代わりに信頼のできる守護者達をこの森に派遣し、始まりの町を守らせてきた。
 偶然にもエルザの帰省が重なった今回は、こちらでの案件をいくつか抱えたために例外にも俺とGが出向いた。だが俺たちも結局は、この町に長くは居られない。本部での仕事を溜め込めば溜め込むほど、部下に負担を与えてしまう。その上、俺自身が災いを呼び込む火種になりかねないほど、"自警団"は膨れ上がった。守りたいものが増えていくことは、俺にとって喜ばしい出会いの積み重なりだ。だが、最初の目的を知らない構成員も増えてきた。一番に守りたかったものを傷つけてしまうんじゃないか。今ここで昔の暮らしを取り戻しつつあるエルザの側に、俺たちは居ていいのだろうか。


 外では雨が降り出している。山積した書類は片付かない。Gを休ませるためにエルザの家に向かわせておよそ1時間。意識もしないで送り出したが、よからぬことは起きないと信じていても俺も行けばよかったという後悔がこみ上げてくる。いや、エルザに会いたいだけだ。
 しかし、こんにちも他ならぬ俺の組織のために各地で働く部下たちを抱えるというのに、俺が私情を挟んではいられない。休みたいとは言ってられないぞと、冷めたコーヒーを口にして自分を奮い起こす。アラウディからの報告書が届いている。


 きっかけは、些細な土地争いに介入したことだった。
 相手が悪かったのだろう。土地争いで優勢を保っていたサレルノの新興勢力は、俺たちを敵視し始めた。俺たちのことをよく知っているのか、俺とGの出身地を突き止め、偵察にきていると部下から報告が入っている。抗争を起こす動きはまだ見られないが、一刻も油断は許されない。
 この町に居られるのもあと少し。本部、もしくはサレルノからほど近いナポリ方面の拠点に移動する必要がでてきた。
 それは同時にエルザと当たり前のように顔を合わせられる毎日を再び手放すことになる。寂しさも強いが、忘れてはいけない。彼女は自警団とは関係のない幼馴染みなのだということ。最初の目的を、ふたりで誓い合った信念を、俺とGだけは見失ってはいけない。

 ざっと見積もって1週間以内か。ここにある仕事を片付け次第、引き返すしかない。この屋敷の管理を任せている使用人と、本部から派遣させたランポウ。仕事の息抜きがてら、ふたりに説明をしにいこうと席を立つ。しかしほぼ見計らったようなタイミングで、ドアがノックされた。仕方なく座り直す。

「開いてるな、入るぞ」

 声の主はGだった。疲れ切った顔でここを出ていく前とは、声のハリが違った。

「少しは休めたか?」
「まぁな、助かったぜ。そっちもちょっとは進んだみてえだな」
「進めないとお前は怒鳴るだろう」
「次はお前が休憩の時間だ。……おい」

 俺ではない誰かに声をかける様子で、Gは廊下に引き返して手を招いてる。

「入ってこいって、こういう雰囲気は慣れてるだろ、元メイドさん」
「でも仕事の邪魔になるでしょ……」
「ガス抜きだ」

 Gに半ば強引に腕を引かれて入ってきたのは、カゴを抱えたエルザだった。

「エルザ」
「仕事中おじゃまします。差し入れ持ってきたの」

 甘い香りを漂わせて、控えめにはにかむ。ああ、幼い俺が好きだった少女は8年も経てば淑女なのだな。懐かしさと同時にもの哀しさすらある。知らない間に大人になったエルザに落胆しているわけじゃない。あの頃の恋心に埃をかぶせたままの自分に違和感を抱いているのだ。
 エルザとGをソファに座らせ、俺も対向かいの腰を下ろした。
 エルザは外の雨から守るようにカゴにかぶせていたクロスを取った。カゴいっぱいに盛られたあらゆるビスケットは、この町の母親たちが振舞うそれと同じように、素朴で懐かしいものだ。
 ちょうど良くメイドがコーヒーを持ってきて、手前のテーブルに並べてくれた。メイドは見慣れぬ来客のエルザを気にしないようにしつつも、その様子を伺っている。ありがとう、と手を上げて合図をすれば静かに一礼したのちに下がっていった。

「とても立派ね」

 俺とGに言うでもなく、ふと言葉をこぼすようにエルザが言う。俺の執務室をぐるりと見渡し、メイドが出て行ったあとのドアを見つめていた。立派、とはメイドか、この屋敷そのものか。単なる感想として受け取ればいいそれを、俺はなぜか勘ぐってしまう。エルザは今の俺たちと自分の比較をしているんじゃないだろうか。

「この屋敷、小さい頃3人でよく忍び込んだね」
「知ってるか、昔倒産した財閥が所有してたんだ。家財も良い物が残っていたからそのまま買い取ったんだ」
「そこの書棚、見たことある、このテーブルも」
「よく覚えてるな」
「忘れたりしないよ」

 俺は早速エルザが焼いてくれたビスケットをつまむ。口から鼻へ抜ける甘さと香ばしいバターの香り。だが、お前は8年前も、不器用にビスケットを焼いた。イルダ婦人に習ったというのにそれはもう黒焦げの。どうしたらこうなるとGと二人で大笑いして、お前を困らせた。

「逆に……どうしたらこうなる?」
「ん?」
「お前が昔作った黒焦げのビスケットを思い出したんだ、上達したな」
「あれか、イルダ婦人もびっくりの炭か」
「ジョットもGもよく覚えてますこと、けど失礼だなぁ。どうしたら、って鍛錬の結果ですよ」

 あっけらかんとけらけら笑う。苦労した素振りを見せない。シエナで何を覚えてきたのだろう。お互いの事をなんでも知っているつもりの幼馴染だったのに、今ではエルザを知りたいと思う。この愛しさは友愛で、きっとGも同じようにエルザを想っている。Gは彼女の隣で黙ってビスケットを食べ続ける。コーヒーに手をつけていない。

「今回のお味の程は?」
「文句なしだ、美味しいよ」
「及第点」

 ぶっきらぼうに言い放ったGは、コーヒーに手を付けないまま席を立った。どうやらしぶとい睡魔にコーヒーでは打ち勝てないと判断したか、あくびを一つ、部屋を出ていく。部下の前じゃあるまい、ここで寝ても構わないものをエルザに気をまわした。

「ああなったら部下にたたき起こされるまで起きないさ。エルザ、この後用事は?」
「暇、家の掃除もしちゃったし」

「なら、町にでよう」

 まだGが廊下にいるかもしれない。俺は小声で、人差し指を立ててエルザを誘い出す。声はあげずに、身振りで嬉しそうにはしゃぐエルザの表情が幼い。

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