02

 ジョットもGもパイをおかわりしてくれて、ひとりふたつずつ、ぺろりと平らげてしまった。私はもう一つ焼いていた分を箱に入れ、席を立つ二人に手渡した。もう仕事に戻らなければいけないようだ。自警団の仕事は尽きないらしい。

「屋敷の皆さんによろしくってことで、分けてあげて。これからは私も一応ご近所なのだし」
「わざわざすまないな、皆よろこぶよ」
「こちらこそ、忙しい中ありがとう」

 楽しい時間が経つのはあっという間だった。埋まらない8年間を確かめるように私達はたくさん話したけれど、最後は昔の喧嘩のことを掘り返してみたり、私と同じようにこの町を出て行った同年代の子たちのその後を聞いたり、気付けばもう昔のように肩の力を抜いて笑ってた。約束しなければ会えない大人になってしまったけれど、気が合って集まった幼馴染である事実は変わりようがない。

 ジョットは懐中時計を取り出して時間を見、じゃあ、と背を向ける。じゃあまた、明日か、そう遠くないうちに。
 すっかり重度の喫煙者になったGと、歩きながら吸うのをやめろと指さし注意してるジョット。また明日も会える筈。今じゃもっと近くに住んでいる。大丈夫だ。
 

「あ、そうだ」


 庭を出て、私がフェンスを閉めようとしたところでジョットが慌てて踵を返した。うちに忘れ物でもしただろうか。忘れてた忘れてたと駆け寄ってきて、フェンスを掴んで勢いよく前のめりになる。ぐっと近くなる私との距離、この人は気にしてくれることがあるのやら。

「ど、どうしたの」
「エルザ、いつまでこっちにいるつもりだ?」
「え?」
「シエナでの仕事は」

 辞めたとはっきり言っていなかったっけ。23歳の誕生日。ほぼ一方的に退職届を突き出して、重たいものはお金に換え、シエナ最後の夜に靴をもらって飛び出した。必要なものだけあればよかった。旅行用ぐらいの荷物だけで帰ってきた。なるほど、だから、ジョットは今日の約束を急いでいたのだろう。

「ああ……仕事は辞めてきた」
「は、」
「もうずっとこっちにいるつもり」

 ジョットはまるであと2日3日で私が帰るとでも思っていたようだ。私の言葉に対して怪訝に、本当か?と力が抜けたような声で笑った。

「だから、また明日ね」




 家の中はGのたばこのにおいが残ってて、母が生きていた頃のことも思い出した。私は5歳にも満たない。母はたばこを吸わないのに、家の中はどこかほんのりたばこ臭かった。もしかしたら兄が隠れて吸っていたのかもしれない。
 たくさんの物が残ったこの家で、今日からはひとり。でも明日も明後日も、ふたりと会える。ひとりじゃない。ひとりだとしてもきっと大丈夫。こんなに心強い孤独なんて、生まれて初めてだ。大丈夫大丈夫。森の奥に紛れていく二人の背中が、次は私を置いて行ってしまうんじゃないかなんて、気にすることじゃない。伸ばす先もない手でスカートを強く握った。大丈夫、また明日はちゃんと迎えられる。

 ふたりが守ってくれてるこの町と、この森が好き。私はもう居なくなったりしない。


「初恋だったんだよ」


 暖炉の上の褪せた写真。写真を撮られることに不慣れで、ぎこちない私たち。そっぽをむいたG、傷だらけの私。真顔のジョット。
 ひとりなら、自分にならこんなに素直だ、言葉にできる。あの頃感じた恋心は、大人になって埃をかぶってしまっていた。それでも、だからこそ、初恋だったなんてわざわざ言えやしない。今では憧れのあなたが、私の目には余計眩しく映る。

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