02

「私こそ二人に謝らなくちゃいけない」

 溜息がこぼれてくる。私はいつまでも素直になれないままだ。素直に、幼い頃のジョットへの好意を打ち明ける、もしくは昔Gの弱点をガストーネにバラしたことを打ち明ける、それか、何もかもを打ち明ける。ふり絞るべき勇気は一体どこから湧かせばいいんだろう。
 お湯が沸く。コーヒーを淹れなおす。二人が私の言葉の続きを待っている。


「二人になにも言わずにこの町を出てったり、なにも言わずに帰ってきたり、いつも身勝手でごめんなさい」


 今度は私が二人に頭を下げる。なんだか少し目頭が熱くなった。
 私は馬鹿だから、別れの時の言葉は一つ覚えの「また明日」。気の利いた言葉をかけてくれる人には感心するばかりで、決して私は同じ言葉を口にすることはない。シエナを飛び出す時だってそうだ。誕生日に靴をくれた人にも、同じように「また明日」と言い残したまま汽車に乗った。

「私、また明日って言って、それっきりにしてしまったことずっと後悔してきた。遠くに行けば行くほど、その明日が遠のくばっかりだって、わかってたから、余計に今更戻ることが怖かった」

 なのに二人は私が戻ってくることを知ったら、待っててくれた。私が明日、なんて言ったばかりに二人にも来ない明日を強いてしまったんだろう。せめてちゃんと言葉にできてたら、8年も空白の時間を作ることなかったかもしれない。

「シエナを出た日は誕生日だった。23歳を祝われて、私、そういえばなんでここにいるんだっけ、なんて気付くのが遅かったの。いつまでも自分ひとりではどこにも行けない子供のままの気持ちだった」

 遠くまで来てしまったことを散々悔やんできたのに、帰ろうと思ったらここまで来ることはたやすかった。道のりは険しくて靴擦れはひどくなってしまったけれど、所詮は一つの国の中を行き来してただけにすぎない。今もこうして二人と同じ言語で話してる。


「なぜ、8年前出て行ったか、教えてくれないか」


 ジョットの口調は幼い子供に問いかけるそれとよく似ている。きっと彼の目に映る私は8年前、少女だったころの姿をしているに違いない。
 笑わないで、ふてくされて、頑なに喋ろうとしない。いつだったか一度だけジョットに腹を立てた日のこと。私は本当に素直じゃなかった。そうやって寄り添ってくれるあなたの優しさが嬉しくてしかたがないことも、ろくに言葉にして感謝したことがない。


「兄さんが突然この町を出てくって言いだした、けれど私を一人で置いてけない、って」


 私にとっては親代わりだった、年の離れた兄。母の古い知り合いを名乗る男から、自分の企業に引き抜きたいと誘われていたらしい。その取り決めは突然で、私もついていくことは半ば強制だった。
 ジョットとGに打ち明けられなかったのは、私たちが年頃だったせいもある。15歳、あの頃、それまで性なんて気にせず張り合ってた二人との体格差はすでに明確だった。気持ちも意見も食い違ってきた。些細な口喧嘩は増えた。何より私はジョットへの恋心を自覚してしまった。
 器用な女の子だったら、別れを惜しんで甘えられてただろうか。この町を出て行かなきゃいけない。と、言葉にして打ち明けてしまえば、堰を切ったように涙も、恋心も、何もかもが溢れてしまいそうで、友達でいられなくなるのを恐れてしまった。


「……でも兄さんとはナポリで離ればなれになったわ。私は領主の屋敷に預けられて、兄さんは母さんの古い知り合いがやってる企業に引き抜かれた」
「そうか」


 言えない。言えるはずがない。言えなかった理由を、また言えなかった。「あなたが好きだったから」という言葉を飲み込む度、おなかが膨れてくる。いずれもっと苦しくなる。私は隠し続けていることもできないと気付いているのに、冷めたパイをつついてごまかした。いやな器用さだけが身に沁みついていく。こうして話をごまかすようになってしまったのは、最後には私をひとりぼっちにした兄の姿を忘れられないからだ。兄も、そして母も、大事な話は食卓を囲んでいる最中で切り出す人だった。

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