前夜



いつもと変わりない、なんの変哲も無い日だと思っていたある一日が間も無く終わる頃、友達だと思っていたやつから告白をされた。
時刻は23時52分。消灯時間の過ぎた室内は暗く、カーテンの開いた窓から見える月の灯りが眩しいくらいに輝いて、室内を薄ぼんやりと照らしていた。今宵は満月だ、まんまるで大きな金色が空に浮かぶ。ほんの僅かに体が沈む程度の硬めのベッドと薄い毛布。朝寝ぼけてなにも気にせず上半身を起こすと頭を強打する程の高さの二段ベッド。
まだこの部屋に入ったばかりの頃、どちらが上の段を取るか小一時間話し合った結果、結局じゃんけんで決める事になったのはいい思い出だ。


「最低最悪な毎日だったよ」

頭上から聞こえてくる声に返す言葉は見つからない。
目の前に広がる見慣れたはずの二段ベッドの木目をただじっと眺める。あれ、ここはこんな形をしていたっけ。それまるで初めて見るみたいだった。

「これで漸く解放される。この部屋から、そしてお前から」

それにしたって随分な言われようではないか。
顔の見えない、二段ベッドの上の階の住人は恨み節を口にしていく。俺はそれを黙って聞くだけ。ああ、あと3分で日付が変わる。

「清々する」

「それでも俺はお前と過ごした三年間、超楽しかったけどな」


俺は三年間、この部屋でこの男と同じ時を共にした。本当にどんな時も。辛い時も悲しい時も、楽しい時、嬉しい時だって、俺には…俺たちには帰ってくる部屋があった。この部屋に帰ってくれば、俺にはお前が、お前には俺が、帰りを待っていたんだ。

全てが懐かしく、全てが色褪せて感じるのには少し早過ぎだろうか。
上からはギシ、とベッドが軋む音と鼻をすする音。
あいつ、泣き虫だからな。俺が上の階を覗いても顔を見られないように、泣くときはいつも壁に向かって、背中丸めて布団を被って、鼻にティッシュ詰め込んで、声を押し殺して泣くんだよな。それで泣いてるのかって聞けば、泣いてないって。馬鹿だよな。バレバレだっつーの。
枕元に置いておいたティッシュを上の階に投げ入れる。今日最後の片付けをしたから、馬鹿なあいつはティッシュどころか、どうせ明日使う靴下さえ段ボールに片付けて実家へと送ってしまったに違いない。本当馬鹿な奴。

「清々、する…本当に」

鼻をすする音、ティッシュを引っ張る音、涙声と漏れる吐息。
三年間は長いようで短かった。言葉にできない思いがたくさんあって、その中でこいつは俺にその言葉を選んで吐き出したんだ。

告白をするならかっこよく決めてくれよな。寂しさに負けてんじゃねーよ。

「ばぁか」

ああ、日付が変わった。

今日、俺たちは卒業する。

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