県立星渦高等学校の夏休み前


*普通の共学の男子高校生だったら
*仲良し


「あっちー…」

パタパタと音を立てながら下敷きを扇ぎ風を送る、隣に座る岩村の呟きは今日だけでもう何度も聞いた。聞き飽きたセリフにいい加減鬱陶しくなって消しゴムのカスを飛ばして暗に黙れと言えば深ーいため息を吐かれて余計に鬱陶しさが増す。
岩村の第三ボタンまで開けたシャツの下にはインナーも何も着用していないせいで胸元がチラチラと見える。汗でぬらりと光るそれは俺たち男からすればシャツが肌に張り付いて気持ち悪そうだとか、制汗剤でも貸してやろうかとかしか思わないがクラスの女子は違うようだ。
垂れ流しの色気に当てられ、色めき立つ岩村推しの女子たち(ときどき男)はいまに始まったことじゃないがよくもまあそんなに他人のことで騒げるよなとか感心はする。まあうちのクラスの男は顔だけはいいからな。クラスメイトの女子から何やら飴を受け取る岩村を頬杖をつきながら眺めていた。
かく言う自分も別の季節と比べると夏は女子ときどき男からの視線や歓声が3倍には増えるしデカくなる。夏とはそう言う季節なのだ。

「滝真さ、マジここ最近いつも思うけどなんでそんな涼しげなわけ?暑くないの?」
「暑くないわけねぇだろ。それ言うならあいつの方が信じらんねーくらい涼しい顔してんだろ」
「あー…影也は暑さを感じる器官を取り除いた新人類だから。あれは別物で考えたほうがいいね」
「新人類…」
「…何の話だ?」

カバンを背負い、突如現れた加賀谷に岩村はぎょっとしていたがすぐにへらりと手を振りながら笑い、立ち上がった。

「やっ新人類」
「新人類?」
「気にすんな、いつもの馬鹿だ」

カバンを背負う岩村につられ、俺も立ち上がり机の上に広げた文房具をカバンにしまっていく。
もう帰りのホームルームは終わっている、あとは自由に帰るだけだ。午前授業というだけあってお昼解散の今日はそのまま直帰する生徒よりも寄り道する生徒の方が多いのではないだろうか。
騒がしい教室内で各々が帰宅の準備を終え、帰路につく。
時折クラスメイトから掛けられる声に返事を返しながら帰宅の準備を終え、さあ帰ろうと先に準備を終えて教室の後ろで俺を待つ加賀谷と岩村の元へ向かう。
女子生徒と楽しげに会話をする岩村は俺に気がつくと早々に会話を切り上げたらしく、女子生徒は龍生じゃあね、加賀谷くんと浅葱くんも。とにこやかに手を振って教室を後にした。
その後ろ姿を3人で見送ってから、さあ行くかと歩き始めた。


「マック寄ろー課題の範囲教えて」
「お前なぁ。さっきまで黒板に書いてあったろ、ちゃんとメモしろよ」
「そんな時間俺…否俺たちにはないよ!課題の範囲メモするより夏休みの計画立てなきゃ」
「ああ、俺もだ。メモするの忘れてた。浅葱見せてくれ」
「は?岩村はわかるけどお前が忘れるって…」
「夏休みの計画立ててた」
「な、」

加賀谷の思いがけないセリフに開いた口が塞がらない。上履きをしまい、外履きに履き替える加賀谷はおかしいか?と尋ねるが言葉に詰まってしまいろくな返答は出来なかった。加賀谷が夏休みに浮かれるとは、そんなキャラだっただろうか。岩村じゃあるまいし…。

「んふふ、カゲヤと2人で明日からの予定ばっちり立ててたんだー!ソーマもあとで夏休みの計画教えてあげるね」
「…はぁ」
「夏休みと言えどハードだよ!明日は午前5時にはうち集合だからね」

誇らしげにそう言う岩村にもはや絶句だ。
昇降口を背に歩きだし、照りつける太陽の光とアスファルトからの照り返しに目を細めた。

「は…は?あほか、なんで夏休み初日から早起きしなきゃいけな…」
「浅葱。これは大切なことだぞ。初日から昼まで寝るなんて言語道断だ、初日で夏休み全てが決まる」
「…きまんねぇよ!」
「遅れたら罰金ね!海パン忘れちゃダメよー?」

大真面目な顔をして頷く加賀谷も、至極楽しそうに軽い足取りで三歩ほど前を歩く岩村も、俺のせめてもう少し時間を遅らせたらどうかという必死の提案をフルシカトしていく。

どうにか時間だけでも考え直してはくれないだろうかと交渉しようといろいろ持ちかけるが、更に追い討ち、とばかりに加賀谷は思いがけない一言を発する。
それを聞いた俺は顔を引きつらせ、岩村は足を止めたかと思うと一層目を輝かせて大はしゃぎするものだから、もはや反対する俺といく気満々の2人では勝ち目がないと思い知らされる事になるのだが、それはまだ見ぬ3秒後のことーー。


「泊まってしまえば遅刻することもないだろ」


大真面目な顔をして、固まる俺とはしゃぐ岩村に首を傾げる加賀谷はふと空を見上げた。
その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。小さく聞こえてきた今年初の気温に対する感想につい口を閉ざした。こちらを振り返り呆けたように目を丸める岩村とふと視線が合い、お互いの表情に声を上げて笑った。

今夜岩村の家で繰り広げられる仁義なき闘いも、
明日の朝鳴り響くであろう誰も消さない騒々しい目覚ましの合唱も、
寝不足の目をこすり欠伸を噛み殺す電車内も、
照りつける太陽から逃げるように飛び込む川も、
全てが愛おしく掛け替えのない宝物になるのだろうと思えた。言ってしまえば、充実な睡眠よりもそんな明日が楽しみなのだ。
怪訝そうに怪しく笑い合う俺と岩村を見て、汗を拭う加賀谷は行くぞ。とさっさと歩いて行ってしまう。
その背を待ってよ、と追いかける岩村。2人の後ろ姿をぼんやりと眺めながら先ほどの加賀谷と同様、空を見上げた。

肌には汗が浮かび、頭のすぐ上にある真っ赤な太陽がジリジリと肌を焦がしていく。目の奥はあまりの明るさに火花を散らす。風は少ない。

青春は戻らないらしい、とはよく言ったものだ。
明日から、高校生最後の夏休みだ。




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