please your life




もしもの話だ。
もしこのテレビに映る、向こうの華やかな世界に行けたとしたらどんなものが俺を待っているのだろうか。どんなに煌びやかで、美しく華やかな世界が迎えてくれるのだろうか。
テレビを眺め、目をキラキラと輝かせる少年の夢は今はもう、昔の憧れなのだけれども。


「えび、何やってんの?」

海老原進夢(えびはら すすむ)。あだ名はえび、どこにでもいる一般的な大学生である。
少し前を歩く友人である斉藤は俺を振り返ると不思議そうに首をかしげた。

「あ、いや・・・なんかやってるなって」

駅の逆の方向へ人が流れていく。よく見てみれば何やら人だかりができているみたいだ。確かあそこは最近売れ出した、女子に人気のカフェがあったか、何かの撮影でもしているのだろう。
謂わば都会であるこの街でこういったことはさして珍しいことでもなんでもなかった。

「女王様のブランチとか?」

「っぽいな、それ」

いたずらに笑う斉藤に、乾いた笑みをこぼす。
ゲストは一体誰だろうか。集まる観衆の多くが興奮しきった女性であるところを見る限り、若手の俳優かなんかか、まああまり興味はない。


「俺の姉貴あそこで働いてんだよな」

「へえ、斉藤のお姉さん?それじゃあ後で誰がきたのかとか聞いておいてよ」

「まあいいけどさ、せっかくだし寄っていかね?今日姉貴非番だけど、俺あそこの店長と顔見知りだし席入れてくれるよ多分」

「え、なんで?わざわざ人ごみ行かなきゃいけないわけ」

「俺ああいうの大好き」

にっこりと笑う斉藤に顔が引きつる。
自分から人ごみに巻き込まれに行くなんて、わけがわからない。行くなら一人で行ってくれ、と斉藤を置いて歩き出そうとしたものの、しっかりとつかまれた腕は振り解こうにも全く外れる様子は見られなかった。
そしてそのまま無言で引きずられていく羽目となるのだ。もう何度このやり取りをしたことか、斉藤の野次馬魂には感服せざるを終えない。



「はーい、失礼しますね−はーいはい」

はいはいー、とまるで撮影関係者か何かのように手際よく人ごみをかき分けていく斉藤。
カフェの入り口は人でいっぱいだったが、迷惑になります、と店員や撮影関係者の人から注意をされて出ていくひともいっぱいであった。
しかしやはりカフェの中は些か人口密度が高いようにも感じられた。店内のある一つの窓際の席を取り囲むようにマイクやビデオなどといったごてごてした機器が揃っているのもあるのだろう。
店内に入った俺たちを流れ作業で追い出そうとする若い女の店員さんに斉藤は、知り合いなのか笑顔で挨拶をしていた。
どうやら今は店長が取材を受けている最中らしいので、店内のことはすべてパートやバイトに任しているようだ。元からいたお客さんはともかく、後から入ってくるお客さんには丁寧に説明をして入れないようにとの指示らしく、今はその作業に追われているらしい。実に大変そうだ。

「何の撮影やってるんすか?」

「お昼の番組だって、俳優の如月大和くんと華井瑞樹ちゃんがゲストみたいよ!すごいよね」

二人とも最近よくテレビや街中の広告で見かけるような、流行のタレントだ。確か新しく始めるドラマの主演はその二人だったような気がする。
まさかそんな二人がここで撮影をしているだなんて、確かに人だかりができるのもうなずける。

「斉藤、やっぱ帰った方がいいだろ俺たち」

「いいや」

即答され、は?とつい声を漏らした。

「お店、手伝います」

「・・・は?」

「お給料とかはいらないんで、やらせてください!」

「ば、ばか!何言ってんだよ、いいわけないだろ!帰るぞ」

さすがに店員さんも驚いたのか目を丸めている。
いたって真剣な様子の斉藤に、一緒にいる俺の方が恥ずかしくなってしまい顔に熱が集まっていく。真剣に頼んだってできるわけがあるか。諦めさせて早く帰りたい、頭を下げる斉藤の腕をぐいぐいと引っ張った。

「あれ、どうしたの?」

そうこうしているうちに奥から現れた男の人。年齢とか恰好からして、もしかしてこの人がこのお店の店長だろうか。男の人に気が付いたらしい斉藤は顔を上げてパ、と目を輝かせると店長!と案の定彼を呼んだ。

「あれ、斉藤くん?」

「あのっ、俺たちを働かせていただけませんか?」

「俺たちっ、!?」

「お給料とか、いらないので!お願いします」

まさか、俺も働くことになるのだろうか。困った顔の店員さんと面白そうに笑う店長の姿を眺めながら、ああそういえば斉藤は華井瑞樹ちゃんのファンだったっけ、なんて遠くでぼんやりと考えた。


「普通にゆっくりしていってよ」

笑いながら店員さんに案内して、という店長さんに目を丸める。
それは斉藤も同じみたいでえ、あの。なんて戸惑うように言葉を探している。俺たちが普通に入って行ってしまえばほかのお客さんが黙ってはいないだろう。
しかし店長は気にしないで、と人好きのする笑みを浮かべた。

「君たちはうちの従業員だから。日ごろうちで頑張ってくれている子たちを追い返すなんてことしないよ」

「え、従業員って・・・」

「だから気にしないで、ゆっくりしてってね」

笑って、忙しそうに奥へ引っ込んでいってしまった店長の後姿をぼんやりと眺めた。
あの人、いい人だ。

「それじゃあご案内しますね」

「あ、ありがとうございます!」

嬉しそうに笑う斉藤の姿を横目で見ながら、小さく笑みを漏らして俺も、と小さく頭を下げた。




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