2013クリスマス


*戸際×滝真


初めはほんの出来心だった。
学校主催のクリスマスパーティを抜け出し、会長と二人でゲームをしばらくやって、それから少したってからのこと。

気分が悪いのかそれとも逆に気持ちがいいのか、
ぐったりと顔を真っ赤に染めてソファの上に寝転ぶ、尊敬すべき生徒会長の姿に今なら日頃の鬱憤を晴らせるだろうと思ったのが運の尽き。
日頃の鬱憤を晴らすと言ったって別に鬱憤なんて溜まっていないし、ただ単に聖なる夜なのだからといった妙なテンションなだけだ。
それに具体的に何をすればいいのかなんて全く思いつきもしなかったのでとりあえずマジックペンを用意した。もちろん水性。


「おきませんようにおきませんようにおきませんように」

ブツブツと口の中でつぶやきながらプルプルと震える手でキャップを外したマジックを生徒会長の恐ろしいほど整った顔へとゆっくり近づける。
息を殺して、腕だけを伸ばしていく。綺麗な肌にペンの先を、まるで頬にキスするみたいにくっつけた。


「っ、ふ・・・ぁ」

心臓が破裂しそうで、呼吸が苦しい。
こんなに緊張するくらいならやらなければいいのに、と今更ながら後悔の念を抱き始める。
震える手のせいでブレてしまいやしないかと冷や冷やしていたけれど、どうやら問題なくペンはスラスラと会長の肌の上を走っていく。
タメの友人だったらそれはそれは酷い落書きをしていただろうが、あくまで先輩だ。
いくら日頃の扱いが酷くとも、こんなところでその憂さ晴らしをするわけにはいかない。
いや、別に憂さ晴らしとか鬱憤とか思ってないけれど。言葉のあやだ。


「ん・・・、」

「っ、ひ」

身じろぐ先輩。
小さな悲鳴を溢して大げさに反応してしまった体は大きく後ろへ下がり、ペンは手の中から抜けて後ろへすっ飛んで行った。
それが運悪く部屋に置いてあった写真立てに当たりそれは大きな音を立てて落下した。
最悪だ。
ガシャン、と嫌な音に何事かと薄く目を開いて赤い顔をのまま俺を見つめる先輩と対照に俺は顔が青く染まっていくのを感じた。


「いや、あの、これは、ち、ちが・・・」

「ときわ・・・こい、」

来い。掠れた低い声に呼ばれて、あれほど血の気の失せていた顔に一気に熱が集まっていく。ソファに寝転がったまま俺の腕を引っ張る先輩になんだこれ、とどこか遠くのことのように感じた。


「あ、」

そしてそのまま逞しい腕の中に閉じ込められるのだ。
床に膝をついたまま抱きしめられる感覚に顔を真っ赤に染める。一体なにがどうなって、


「寒い」

「あ、あの・・・」

「・・・ああ、・・・大丈夫だって、」

寝ぼけているのか。何に対しての大丈夫なのかもわからないまま会長はそのまま静かに寝息を立て始めてしまった。
微かに匂うアルコールの匂いに顔を顰める。まさか、・・・


「酒のんで・・・」


「戸際いるか?この後の片付けについてなんだけど、人手足りないから・・・」

鍵、あけっぱなしだった。
案の定玄関から入ってきた級友であり隣の部屋の植木の姿に冷や汗をうかべた。
まずい、この状況は非常にまずい。俺と会長の姿に固まってしまった植木に必死に違うんだ、という意を伝えようとするが、植木は青い顔のまま何も言わずコチラに背を向けてしまった。
何を勘違いしているのかなんて考えなくてもわかる。ああ、非常にまずいのだ。


「ま、待てって植木!!これは違くてっ、」

「・・・」

振り返ろうともしない。
そのまま部屋を出ていこうとする植木を、追いかけなければと思うけれど会長は思ったより強く俺を抱きしめているみたいでなかなか腕は外れない。
まずい、まずい。何より会長の面子がかかっている。会長はノンケなのだ。妙な噂が立ってしまってはまた俺に非難が集中することだろう。
これは、非常によろしくない。


「せ、先輩酔ってるんだよ!!!」

「・・・」

ようやく足を止めた植木にホ、っとして言葉を続ける。

「パーティで飲まされたみたいで、・・・多分」

「・・・酔っている・・・?」

「あ、ああ」

「未成年が?」

「え?え、いや、え、」

「高等部生徒会長が?」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待て!」

「アルコールを飲んで、酔ってるのか?」

「ち、ちがう!あの、ほら・・・そだ!乗り物酔いだよ!そっちに決まってるだろ!」

「・・・ふん」

見逃すのは今回だけだ。
そう睨まれて、体が固まる。
それから植木は部屋を出て行って、またもとの静けさが戻るころには会長の腕はすっかり外れていた。

「こえ・・・」

あいつ、本当会長が絡むと人が変わるよな。
何をそこまで毛嫌いをするのかはわからないけれど、でも二人の間に大きな溝があることには間違いないようだった。会長はいまいちわかっていないみたいだけれども。


「・・・はあ、」

なんだか今日は疲れた。俺もそろそろ寝よう。
すっかり眠って起きる気配の見えない、"ひげ"が描かれた会長に笑みを溢した。


「ハッピークリスマス」

良い夢を。会長に毛布を掛けてリビングの電気を消した。
自室のベッドの中へ潜り込み、窓の外では白い雪が舞っているのを眺めながら、サンタはやって来るだろうか目を瞑って眠り際に考えた。


END




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