初等部のお話その4


更に、翌日の話。
朝、どこか重たい足取りで一人教室へと向かう。
ガヤガヤと騒がしい廊下を進み歩いた先に4年1組はあった。

冷たい銀のくぼみに指をいれ、横へとスライドさせて、音を立てながら扉を開いた。
俺の席には生ゴミも、生卵もなかった。
しかし代わりとばかりに俺の席には、2番の奴が座っていた。


「・・・よう、おはよう」

「……」


こんな奴と挨拶なんてしたこともないのに。いつもはしないのに。随分偉そうに背もたれに体重をかけ、顔を赤くした二番はぽつりと溢すように何かをつぶやいた。


「…?なに?」


眉を顰め俯く2番は非常に言いづらそうに言い淀む。なんだよはっきりしないなあ、その様子に顔を顰めると、二番は勢いよく顔を上げさらに顔を赤くし音を立てて席から立ち上がった。

「だから、昨日はごめんって!!」

「・・・」

まさか。まさか謝られるとは。
吃驚して目を見開けば、二番は顔を背けてしまう。その姿につい、小さく笑ってしまった。

「…んだよ、笑うなよ」

「いや…あー、わるい」

「…はーー、……悪かったな」

「…別に、気にしてないし」

とりあえず邪魔だからどいて。
続けてそういえば二番は顔を赤くして席を空けた。照れてるのか怒ってるのか、どっちなのかはっきりしてほしい。


「そういえば、転入生は?」

俺が席についても尚、どこかへ行こうとしない二番に若干のうっとうしさを感じながらも話をふってみる。
二番は辺りをキョロキュロと見渡すとあ、と声をもらした。


「きた」

指定の鞄を背負い、教室の扉を開け入り口から入ってきた転入生の顔には絆創膏が張られていた。
心なしか、足も引きずっているように見える。一体どうしたのだろうか。
机に広げた教科書を閉じ、転入生を遠めに見つめる。


「きた。・・・"ぎぜんしゃ"」

「どうしたんだろうね、あの傷」

クスクスと笑う声がどこからか聞こえてくる。
少し驚きながら隣に立つ2番を見ると2番は驚いたように首を左右に振った。
どうやら自分には関係ないといいたいのだろう。別に疑う理由もないから特には気にせずもう一度転入生へと視線を移すけれど、いくらたっても、彼は何も言い返さなかった。
昨日の俺を庇ったときみたいにまた言い返せばいいのに。昨日は物怖じもしてなかったじゃないか、なのになんで今日は何も言わない。
転入生の彼は声を出そうともしなかった。


「――っ、」

息を呑む音が聞こえた。
転入生の手は真っ赤に染まっていた。
その足元にはノートが落ちていてカッターの刃が電気の光に反射して輝いている。

気がつけば俺は音を立ててイスから立ち上がっていた。

「いい加減、もうやめろよ。みっともねえ」

教室内が静まり返る。
もう何でもいい、こんな学校にあと何年も通わなければならないなんて絶望以外の何でもない。こんなくそみたいな環境しかないのなら俺が変えてやる、どんな問題が起ころうとも、もうただ傍観しているだけなんて…くそくらえだ。


「保健室、行くぞ」

血だらけの右手を無理やり掴んで教室から出る。
同じくらいの背丈のくせして、転入生は歩くのが遅かったせいか少し小走りでついてきていた。

「・・・早い」

「あ・・・、悪い」

繋いでいた、というよりも、一方的に掴んでいた手をパっと離して、また無言で歩き始めた。
二人分の歩く足音だけが朝のホームルームの始まっている静かな廊下に響く。


「昨日は、ありがとな」

昨日は言えなかったこと。少し俯きながらポツリとつぶやいた。

「いや。・・・俺のほうこそありがと。痛かったから…助かった」

何が、痛かったのだろうか。手か、それとも心臓か、昨日の自分を思い出して俯く。
しかし、それを聞く勇気は俺にはなかった。
だけど、違う勇気なら今なら出せる気がした。

「―・・・なあ。」

「?何」

スウと息を吸い込む。足を止めて、後を振り返った。


「俺は、浅葱滝真。お前の・・・名前は?」

もともと大きくて少し釣り上がっている目が更に大きく見開かれた。
そして彼は少し俯いて――顔を上げた。


「俺の名前は――」

お前はそう言って少し口元を緩めると、もう一度ありがとう、と囁いた。


それが俺がはじめて見る、ぎこちないお前の笑顔だった。






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