初等部のお話その3




それはそんなことがあった翌日のことだった。
教室に足を一歩踏み入れ気がつく。ひどい悪臭だ。
つい顔を顰め、そのにおいのする方向へと視線を移した。


「・・・はあ?」

つい、意識をせずに出てしまった声だった。
視線の先は、自分の席。その傍に立つのは例の転入生で。
彼の手には腐った生ゴミらしきものが入ったバケツの取っ手がきつくにぎりしめられていた。
俺の机の上にぶちまけられている生卵につい視線を奪われる。
転入生のすぐ足元には卵の殻が落ちていた。

「滝真くん・・・これ」

廊下で会い、此処まで会話をしながら一緒に来た友人が驚いたように目を丸め口を塞いでいた。
彼の視線の先には黒板があった。


――あさぎそうまはうらぎりもの――

白いチョークで書きなぐられている文字に俺はただ身体を固めた。
文字のすぐ隣には棒人間の頭がぐちゃぐちゃに塗りつぶされた絵がありそれには矢印であさぎ、とかかれている。


周りの視線が一瞬にして変わる。
突き刺さるような、痛い視線。
とがめるような、鋭い視線。


目の前が、一瞬黒に染まった。
そうか、これが他人からの攻撃か。それは想像以上につらかった。想像していたよりもずっと痛かった。


「やめろ、いじめるな」

不意の出来事だった。
他人によって固く握られた自身の手を俺は呆気にとられたように見つめ、次に視線を移す。
俺の手を取って、うつむく俺の前に立つのはあの転入生だった。


「大丈夫?」


初めて聞いた転入生の声にピクリと身体を反応させながら小さく頷く。
転入生は俺の事を背中に隠すようにしてクラス全体を見渡す。もしかして今、俺はこの転入生にかばわれている?


「なんだよお前!!急にしゃべりだして・・・そういうの、"ぎぜん"って言うんだぜ」

そう突然目の前に現れたのは、出席番号が一番の俺の後に続く、出席番号二番のクラスメイトだった。
声を大きくして威嚇するように言う2番を、転入生は冷めた目で見つめている。


「なら、何?いじめる方がサイテーだと思うけど。先生に言ったら怒られるのはお前だろ」

「っ、」

悔しそうに唇を噛む2番の彼は黒板けしを乱暴に取り、それから荒っぽく黒板に書かれていたもの全てを綺麗に消し去った。
消えた字の後がうっすらと残っていたけれど、それ以上はもう気にはならなかった。


「雑巾、おれの使っていいから」

生ゴミ捨ててくる。
そう言ってバケツを持ったまま教室を抜け出していく転入生の後を慌てて追いかけようとするが、すぐにクラスメイト達に囲まれてそれは叶わなくなる。廊下を行ってしまったその後姿をじっと見つめて、また戻ってきたらきちんとお礼を言おうと一人心に決めた。

その日、転入生は教室へは帰ってこなかった。







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