初等部のお話その1


「新しいお友達です。皆さん仲良くしましょうね」


この学園では珍しい、女性教師の高く甘ったるい声が教室中へと響き渡る。
いつもは誰かの話し声や笑い声で煩い4年1組の生徒も今ばかりは皆黙りこくり、沈黙を守っていた。
いっこうに返事が返ってこないことに先生は何を思ったのか、すぐ隣に立つ"転入生"の背中をポンポンと優しく叩く。
小声で転校生へ何か言っている。だけど此処、教室の一番後ろから2番目の席じゃ聞こえるはずもなく、ただおれは二人の様子をジっと見ていた。
やけに近い二人の距離。なんでかはわからないけれど、胸がざわりとした。


今思えば俺は先生に恋をしていたのかもしれない。
男子校という狭い世界の中にそこそこ綺麗で若い女がいればそれは魅力的なのだろう。
"恋"という字さえろくに書くこともできない、当時の俺にとってそんなことに気がつくことなんて不可能な話なのだけれど。
確かにそれは、俺にとっての初恋だった。

勿論それは俺だけに言えたことではない。
幼い時期からこんな場所へと放り込まれた俺達にとっては先生はまさに天使のようなものだった。

つまり、俺が言いたいことは。
―俺に限らず、先生に恋をしている奴はたくさんいた。
そうして、無表情で無口なこの転入生は、知らず知らずのうちに幼い恋心を抱えた俺達を敵に回していた、ってことだ。

不意に、後の席からなにやら紙切れが飛んできた。
不思議に思いながら後を振り返れば、今年初めて同じクラスになった奴が口パクで何か伝えようとしている。

「?」

『見て、まわして』

そう唇が動くのに気がつくには結構な時間が掛かるもどうにか理解して前を向く。
俺は四つ折りにされた小さなメモ用紙を破らないように気をつけながらそっと開いた。


――あのてん入生、今井せん生となかよすぎじゃない?
むかついた人はここに名まえをかいて!見たらまわしてね――


漢字とひらがなの混じった汚い字の回し手紙だった。
いくつか見知った名字がそこには記されている。なんだ、みんないらついてるのか。


(くだらな)


彼女の、先生の名前にしか興味がわかなかった。
本当くだらない。手紙を捨てるか。…いや、目をつけられた面倒だし。次へ回してしまおうと前の席の奴の背中を軽くえんぴつで刺す。
しかし居眠りをしているのか、机に伏せたまま一向に反応を示さない。
何寝てるんだよ、チクるぞ。そう心の中でポツリとつぶやいた。


「じゃあ席は適当に空いてるところに座ってね。先生職員室に忘れ物しちゃったから取りに行ってきます。
皆さんは静かに自習をしていてくださいね」

先生は最後、ニコリと笑うと教室を出て行った。
軽い足音が廊下から聞こえるがそれも段々と小さくなり、しまいには消えてなくなった。



――そうしてそれを皮切りに、子供の残酷で容赦のないイジメは始まったのだった。






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