加賀谷影也という男



「影也はどっちの方が好き?」

母親の穏やかな声が頭をなでた。
父親がその力強い腕で抱き上げてくれる。

「どっちもすき」

口から出てきた言葉は本音だった。優しい母と厳格な父、可愛い弟に囲まれて俺は幸せだった。どちらかを選べと言われたって選べるはずがない。
困ったように眉を寄せて、それじゃダメなんだよ。と泣きそうに笑う母がとても印象的で、今でも記憶に残っていた。

母親の記憶は多分これが一番最後の物だ。

結局俺はどっちを選んだのか覚えていない。
母を選んだかもしれないし、父を選んだかもしれない。もしかしたらやはり頑固に粘ってどちらも選ばなかったかもしれない。
しかし結果として、俺は父を選ぶことになったのだった。


「とうさん」

父のそのまた父は大変大きな会社の創立者だった。
父は、爺さんの後を継いで社長となった。

母のそのまた母はイギリス人だった。
母は、婆さんの血を継いでそれは綺麗な姿だった。

大きな会社の社長とOLは運命的に出会ったと、後に家の使用人から聞いた。
二人が結婚し、俺が生まれ、またその1年後には弟が生まれた。
母はどこか色素が薄くハーフらしい姿だったが俺は父の血を色濃く受け継ぎ、4分の1とはいえど異国の血が混じっているようには見えなかった。しかし弟は父とも母とも違った。
婆さんの血が色濃く引き継がれ、綺麗な青目に金色の髪の毛をして生まれた。所謂隔世遺伝というやつだった。


「綺麗なかお」

父はその姿を嫌っていたが今ならその気持ちもわかる気がする。弟には得体の知れない恐ろしさがあった。父は弟が怖かったのだ。

それからは早かった。
俺が4歳になる1ヶ月前。弟がまだ2歳の時。両親は別れた。
まだ小さな弟は母が引き取ることに決まっていた。勿論理由は小さいからというわけではない、父は弟を遠ざけたかったのだ。

必然的に俺は父に引き取られた。 大事な後継者だ、それは離したりはしないだろう。

人間は3歳で一度大きな記憶の削除があると聞いたことがある。
弟はきっと覚えていない、俺の存在を。兄という存在を。

それでいい。
加賀谷の家の存在なんて、忘れていた方が幸せだ。



俺が父親に入学させられたこの学園に、何の因縁か弟が転入してきたのはそれから16年の月日が経ったある日の事だった。


「こんな時期に転入生が二人もか…だるいな」

「風紀委員長様がだるいとか言ったらダメでしょ〜?ここに転入生の書類置いておくから確認しておいてね、そんじゃ見回り行ってくるねぇ」

「…ああ」

上機嫌に風紀室を出て行く聖希を見送りため息をついた。年度が変わるこの季節はいつにも増して忙しい。そんな時期に更に重くのしかかるように2名もの時期外れの転入生とは頭が痛くなる。

あいつが残していった書類に手を伸ばしてそれを手にする。生徒会から回ってきた転入生の書類、のコピーだ。端から端まで全て埋められたその書類に目を通して、ふと視線が留まった。

「響…巡流、」

意図せず口から溢れた名前に、声が震えていた。
書類に添付された証明写真に映るのは野暮ったい格好をした冴えない男子生徒で、口元しか見えないその姿では素顔や表情はよく伺えないし書類に記入されている情報も特に気になる点は見受けられない。
しかし何かがひっかかり、ざわつく。もしかして、いやまさか。手で口元を覆い、珍しく感じている慣れない動揺に、自然と眉間に皺が寄っていた。

「あいつ、…そういうことか、?」

聖希の鼻歌まじりの、楽しそうな様子はこれのせいか?いや、しかし。まさか、本当に?

「めぐる…?」

数年前に生き別れとなった、血の繋がったたった一人の弟。
しばらくまともに頭が働かなかったが、深い呼吸を二、三度繰り返してようやく落ち着く。
そうして全てを知るであろう聖希に電話を掛けようと携帯を手に取る頃には、俺はすっかり冷静を取り戻していた。

「…何かあるのかもな」

きっと弟がこの学園に、このタイミングでやってきたのには何かしらの意味があるはずだ。
そう…俺が成し遂げようとしていることに、きっと弟は必要だ。弟が、巡流が現れたことで足りないピースが埋まり、物語がここから始まるように。

ただの直感ではあったが、不思議なことにそこにはなんの疑念も抱いてはいなかった。


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