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 生徒会室に戻ってくるなり、岩村が大きなため息と共に唸り声をあげながらソファへ腰を落とした。その傍らで同じように酷く疲弊したような様子の戸際が苦笑いを溢している。
 居心地悪そうに身を縮込めていた響を北条がソファへ促し、北条はそのままコーヒーメーカーへ向かった。それに気が付いた戸際が「俺も手伝います」と追いかけていく。
 俺は岩村と響の対面側のソファへ座って、背もたれへと体重を預けた。じんわりと滲むような疲労感がひろがっていく。

「北条、戸際、悪いな。響はコーヒー飲めるか?」
「あっ、甘いのなら……」

 響の答えに北条は微笑み、そしてまたコーヒーメーカーへ向かった。
 思いがけない北条の様子に口をあんぐりと開け、そのまま岩村へ目を向けた。おい、いまの見たか? あいつ、北条が笑ったぞ。それも、まるで花が咲くみたいに。
 しかし岩村は手元のスマホに視線をとしたままで、北条の笑顔にも、俺の視線にさえ気が付く素振りがない。
 こいつはだからダメなんだ。無性に岩村の頭をはたきたくなったが、仕方ない。再び北条の後ろ姿へ視線を戻すが、もう一度あの笑顔を見ることはできそうになかった。
 いつも貼り付けているような笑みとは違う。北条もあんな普通の顔で笑えるのかと妙に感心していると次第に室内には香ばしい香りが広がっていった。

「まあ、いい。それより響。あいつ……加賀谷がいきなりあんなことを言い始めたのに何か心当たりはあるのか」

 体勢を整え、目の前に座る響に問う。
 心当たり――。あるだろう。俺でさえ清原に教えられた情報がずっとチラついて仕方がないのだから。なんならそれくらいしか思い当たらない。しかし加賀谷と響が兄弟だからと言って所有権を問うようなことをするだろうか…。
 そこでふと思う。果たして響は、加賀谷は、知っているのだろうか。自分が何者であり、互いがどういった関係であるのかを。

「心当たり……一個、あります」

「それは、」

 そう口にしてから、北条たちの方へと目を向けた。二人は人数分のコーヒーを用意している最中でこちらの様子に気が付くどころか、きっと会話さえも聞こえていないだろう。響の隣の岩村を見る。相変わらず興味も無さそうにスマホをいじっているが、周りの音が聞こえなくなるほど集中しているわけではなさそうだ。
 しかし、岩村なら加賀谷と響の関係性を聞かせてもいいかと思う。もしかしたら加賀谷に弟がいたことを、岩村だけは知っていた可能性だってあり得る。
 響に視線を戻して話の続きを促すと、響は俯いていた顔を上げて言いにくそうに、あの。と話し始めた。

「転校初日に、同室者とトラブって。そこで風紀にお世話になったんです。もしかしたらその時に何か粗相をしてしまったとか……」

「同室者とトラブル……? その時加賀谷と何かあったのか」

「? いえ、その時は金髪の人に対応してもらっただけで、加賀谷さんとは今日初めて会いました。でも、本当にそれくらいしか心当たりなんてなくて…」

 拍子抜けだった。困ったように目線をずらして小さな声で言う響の様子に体から力が抜けていくようだった。今日初めて会った加賀谷さん、ね。まじまじと目の前の響の姿を眺める。瓶底眼鏡の裏にある青の瞳を意識してもやはり、どうしたって二人が兄弟だとは思えなかった。担がれたのだろうか、清原に。もういい、この件に関してはあまり考えすぎないほうがよさそうだと息を吐き、再度響と向かいあった。

「……それで、その同室者とのトラブルってのは大丈夫だったのか?」

「あ、まあ。押し倒された時に仲介に入ってくれた人がいて、すぐに和解できたし。今では仲良くやってます」

「おしたお……はあ!? トラブルってそういうトラブルか、部屋は? まさかそのまま同室だなんて言わないよな」

「えっと、」

 言い淀む響に頭が痛くなる。

「……今すぐ部屋変更の願いを出せ。お前は人を信用しすぎなんだよ」

「わかってる。けど、もう友達になったんだ。信じたいんです」

「お前は……」

 真剣な表情で言う響の姿に何も言えなくなって、代わりに息を吐く。信じていれば全て上手くいく、なんてそんなのは物語の中だけの話だ。裏切りは起こり得る。理事長の手前、このまま放っておくわけにはいかないな。どうしたものかと頭を悩ませていると、マグカップを持った北条と戸際がソファまで戻ってきて、話はそこで中断となった。

「どうぞ、熱いので気を付けてくださいね」

「ああ、ありがとう」

 北条と戸際がそれぞれソファに腰を下ろすのを見届けて、用意されたコーヒーに口をつける。広がっていく苦味に、そういえば昼飯もろくに食べれてなかったな、と急な空腹を感じた。

「それにしたって、これから風紀と手を取り合って行こうって話をしたばっかりなのによくあんなこと言えましたね」

「…悪い、つい」

「呆れた。けど、助かりました。ありがとう」



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