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「いた・・・痛いって、離せよっ!」
食器がぶつかる音に椅子が倒れる音。誰かの叫び声。野次、罵声。それぞれが混ざり合って不協和音となる。それはまるで学園の綻びのようで、目も当てられない。
「……流石だね、生徒会長」
考えるよりも先に足が動き出した直後、そんな清原の呟き声を俺は辛うじて拾い取った。
しかし振り返ることはしない、まっすぐに騒ぎの中心へと向かっていく。なあ清原、これでよかったか。お前の思い描いた通りになっただろ。お前は精々、一歩下がったところから傍観でもしていればいいよ。
「意味わかんねえこと言うな! 俺は誰のものでもなっ……! くそ、離せっ」
「うるせぇな。いいから黙ってついてこい」
「やっ、」
「おい、離せ。加賀谷。お前、こんなところで何してんだ」
騒ぎの中心地へ向かい、響の腕を取ったままだった加賀谷の腕を掴むと、加賀谷が心底面倒くさそうな顔で舌打ちをした。腕を掴む手が外れて、怯えたような顔をする響が一歩下がる。その様子に一瞥くれて、加賀谷の腕を離した。
「こんな大勢いる前でなにやってんだ。馬鹿かお前」
「黙れ。てめぇには関係ねぇだろうが、風紀の仕事にケチつけてんじゃねぇよ」
「こんな手荒な真似が許されると思ってんのか? それにこいつは誰のものでもねぇ、こいつ自身のものだろうが」
「……聞いてなかったか? 口を出される筋合いはねぇって言ってんだよ、さっさと失せろ生徒会」
吐き捨てるような台詞に顔を顰めた。これ以上の口喧嘩は見苦しい、早いところ場を収めないと。
席の方へと視線を向けると、北条がめずらしく険しい顔をしている。その様子に小さく息を呑み、そして目の前の加賀谷へと向かい直した。
「……悪いが、こいつとは先に生徒会が話をしていた。大人しく出直せよ、風紀委員」
「……っち」
眉間の皺がより濃く刻まれ、何かを恨むような目で加賀谷は俺をきつく睨みつけた。しかしそれ以上は何を言うでもなく、その場で踵を返して歩きだす。まるでモーゼのように人ごみが加賀谷を避けていく。
その後姿をしばらく見つめ、風紀委員全員が食堂から出て行ったのを確認して、大きなため息を吐き出したのだった。
「あ、の……会長、ありがとうございました」
泣いているのか笑っているのか、唯一見える口元だけでは判断しかねるが、きっと本人も困惑と安堵でわけわからなくなっているのだろう。頭を下げる響が震える声で言う。野暮ったいメガネに隠された青が脳裏に浮かんで、そのもじゃもじゃの頭に手を置いた。
「加賀谷のあの様子だとこれで終わりってわけじゃなさそうだぞ。なかなか面倒なことに巻き込まれてるのに気が付いているか?」
「えっと……よく、わかってません。俺、何かしちゃったんでしょうか……」
本当に心当たりがないらしい。困ったように俯いて言う響に、これはどうしたものかと腕を組む。とにかく今は情報を整理したかった。加賀谷の所有発言もそうだが、清原の言っていたことの真偽も定かではない。かと言って理事長の手前、響をこのまま放っておくわけにもいかないし。
そんなふうに考え込む俺の様子を見かねた北条が「ひとまず」と声を上げる。
「一度避難しましょうか、生徒会室へ行きましょう」
「確かに。こんなんじゃ落ち着いて飯も食べられないしね」
心底疲れ切った様子の岩村が周囲を見渡しながら言う。先ほどまでの張り詰めたような空気はもうない。しかし生徒たちの囁き声や好奇心に染まった視線が突き刺さり、それは決して居心地の良いものではなかった。
「響君、少し生徒会室に来てもらってもいいかな?」
「あ……えっと、」
「巡流、俺たちは先に教室戻ってるよ。何かあったら連絡して。先輩方、巡流をよろしくお願いします」
連れの二年生がそう言って頭を下げる。それに対して俺たちは小さく頷くのだった。
***
「流石だなぁ会長は」
食堂内、喧噪の中を一人後にする。食堂から漏れる騒ぎの音は静かな廊下にまで響いていた。
彼は俺の思ったとおりの行動をしてくれて、俺の描いた通りの問題を起こしてくれる。
それも俺がそのように考えていることを全てわかった上で、企みに乗っかってくるのだ。
だから俺は会長が好きだ、面白くて仕方がない。もっと。もっともっと、俺と遊んでほしい。
「次はどんな面白い展開を見せてくれるんだろうねぇ」
響巡流の兄はきっと今頃風紀室で不機嫌な顔でいることだろう。さっさと行って次の策を講じないといけない。さて、次はどんなことをしようかな。足取りは軽い。静かな廊下を一人、歩いて行く。
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