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「!? な、なに急に!? 催し!?」
食堂にて。それまでの穏やかな空気は突然の多方から上がる叫び声によって打ち破られた。
いきなりの歓声に耳が痛む。一体なんなんだ。心臓がどきどきと煩く動機していて、思わずスプーンを食器の上に落としてしまった。
「巡流、大丈夫? びっくりするよね」
「っち。あいつら何の用だよ、普段は食堂なんて利用しねぇくせに…」
「あ、二人ともありがとう……。この歓声はなに?」
クラスメイトの良弥(りょうや)と灯(あかり)が互いに目を見合わせ、そして指差す。食堂の入り口、まるで芸能人を取り囲むようなその異様な状況に顔をしかめた。この学校には有名人でも通っているのだろうか。まあ、ありえない話ではなさそうだけど。しかし残念ながらここからでは人垣のせいで何一つ状況を伺うことは出来ない。
「えっと、芸能人かなにか?」
「生徒会だよ」
「生徒会……。それって会長も、きてる?」
三人の中では一番背の高い灯に尋ねると、灯は少し驚いたような顔をして、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。何か機嫌を損ねるようなことを聞いてしまっただろうか。不安になるけれど、一応人ごみの方へ目を向けてくれるので大人しく待つ。
「巡流、会長を知ってるの?」
「あ、うん。この前道に迷ってるところを助けてもらったんだ。」
「また遭難しかけたのかお前。一人で出歩くなって言っただろうが」
「御手洗、もう少し言葉選びなよ? でも巡流も遠慮とかしないで、今後はきちんと俺たちに声かけてね」
「う……わかった、ごめん」
「見えた。会長……もいるし、なんなら役員全員いるな。ほんと、何しに来たんだか」
「ごはん食べにだと思うけど」
良弥からの適切な回答に対して舌を打ち、席に座り直して食事を再開する灯に苦笑を漏らす。
そっか、会長たちも食堂で食事取ったりするんだな。一言くらいあいさつできないかな、なんて人ごみの方へ視線を向けてみる。目を輝かせる生徒たち、主に野太い声と黄色い歓声、時折混じるヤジ。本当に芸能人みたいだとぼんやり見つめていた、その時だった。
「あ、みえた」
会長の姿が人ごみの中からちらりと見える。そのすぐ隣には副会長。後ろの二人は他の役員だろうか。会長の不機嫌そうな仏頂面がおかしくて一人小さく笑う。ふと、すぐ隣の副会長と目が合った……ような、気がした。
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「会長、見つけました。響君です」
「そうか、あいつは見つけやすいからな。それで、この状況で行くのか?」
「……はい。行ってきます。すぐ戻りますので、先に食べててください」
響巡流の方へ目を向けたまま言う北条の横顔をじっと見つめる。まるで希望を見つけた小さい少年のようなその瞳に掛ける言葉は見つからず、北条は見えない何かに手繰り寄せられるように窓際の席の巡流のもとへ向っていく。
ああ、響巡流によって北条の何かが変わったんだろう。それは漠然とではあるが、しかし確かである。この出会いが、北条にとっていいものであればいい。離れていくその後姿に、まるで取り残されるような寂しさを感じたのはきっと気のせいだ。
「おい、先に席について飯食うぞ」
「えーなになに? 副会長どこいくの? 俺も行く!」
「ちょっ、岩村先輩はいかないほうがいいですって! って全然聞いてない……待ってください!」
本当あいつらは…。北条を追いかけていく二人の後ろ姿に深いため息を吐く。北条も全員で食堂に行くと決まった瞬間にはこうなると覚悟していただろうけど。
追いついた岩村と戸際が何やら北条と話しているが、北条の笑顔の裏に見えるうざったそうな表情に苦笑いを溢す。さて、清原が言っていた面白いものとはこれのことだったのか。差し詰め、高3で恋を知る副会長、ってあたりか。いかにも清原が好きそうな話題ではあるが、しかし何かが引っかかる。
まあ、せっかく食堂まで来たのだから飯くらい食べていこう。そう思って販売機の方へ向おうと北条たちに背を向けた、その時だった。
食堂内がざわつく。ひそひそ声に黄色い声、非難の声も混じっている。生徒会が現れた時よりは小さなものだったが、確かなざわつきに歩みを止め、生徒たちの視線を辿っていく。食堂の入り口、発信源はそこにあった。
「……風紀?」
先ほどの戸際の台詞が思い出される。風紀はこのお昼の時間を利用して何者かに接触するため、食堂へやってくると。
後ろに何名かの風紀委員を引き連れてきた加賀谷の姿に眉間にしわを寄せる。主張するような腕章が空気をひりつかせる。まさか食事をしにきたというわけではなさそうだ。
偶然だろうか、それとも。加賀谷の足は副委員長と、問題の転入生の方向へと向かっていたのだった。
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