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 風紀委員会との会議は月に一度、所要時間は決めずに放課後を利用して行っている。その一回で足りない場合は、臨時会議という名目を使い、その都度集まれそうなメンバーで行うが大抵は風紀委員長である加賀谷からの招集で始まることが多かった。
 そして今回の会議も例外ではない。相変わらず難しい顔をした加賀谷が眉間に深い皺を寄せている。いつかシワがくっついて取れなくなんじゃねぇの。そんなふうに呆れながら、風紀が用意した資料を捲った。

「……やっぱり、人員をこれ以上割くのは厳しいだろ。外部から警備を雇うにしたって、予算もそこまで余裕があるわけではないし」

「わかってる。効率化させるしかないが、これだけ広いとなるとどうしたって人数が必要になんだよ」

 と、不服そうな加賀谷。

「使わない教室は施錠と言っても、現時点での申請書だけでも校舎内の特別教室はほぼ使用予定ですから、その対策だけでは見回りのコストが削れそうにはないですね。」

「当日は人がごった返す予定だし、人気の少ないところだけ重点的に見回りをしていればいいとも取れるけどねぇ。校舎外とか寮の方にも念のため人手は回しておきたいところだけど、効率を重視するならそこにこそ警備員を雇うべきかな」

 清原の発言に、確かにと同調するよう頷く北条。その様子に俺も小さく頷き、卓上で指を組む。

「予算内であれば警備をどこに置くかはすべて風紀に任せる。歓迎会当日はいつも以上に、風紀含め、他の委員会や部にも指示が通りやすいようにしておこう」

「当日の流れは先ほど決定した通り。それから全体打ち合わせの時に各部長、各委員長にもう一度念押しをしましょう。それから生徒たちのシフト表の事前提出、当日には定時に点呼で確認ですかね。各部各委員に向けた資料は生徒会で作成します。警備、見回りは風紀に一任ということでよろしいでしょうか」

「問題ねぇ」

「よし。それじゃあ今回の会議はここまでだな。また何か決まったら連絡頼む」

 がた、とそれぞれが席から立ち上がる音で張り詰めた空気が和らいでいく。
 ひとまず方針は決定したとみてもいいだろう。あとは各々で細かいところを詰め、当日大きな事件や事故が起こらないことを祈るのみである。


「会長、お疲れ様です。僕はこの後岩村君たちと合流予定なんですが、何か指示はありますか」

 隣に座っていた北条は早くも身の回りを綺麗にすると、席から立ち上がりそう尋ねてきた。
 岩村と戸際は各部、各委員を回って歓迎会当日に流す動画の撮影だとか言っていたな。確かに骨の折れる作業になりそうだ、人手が必要になるだろう。

「歓迎会のPR動画か。資料作りはこっちでやっておくから行ってやれ。撮影だけじゃなく編集もしなくちゃならないから、パソコン部かどこかにアポも取っておけよ」

「編集なら映研とかも得意そうですね、相談してみます」

 それでは、と一礼をし、背を向けて行く北条を見送る。となるとこの後俺は生徒会室に戻らなければならないのか。
 腕時計を確認すると、既に放課後に入って2時間は経過していた。窓の外もすっかり夕焼けに染まっていて、差し込む強烈な西日に目を細める。バスがある時間までには帰りたい、いや帰ってみせる。固い決意と共に1人、そう意気込んでいた時だった。

「おい、浅葱」

「ああ……加賀谷か。なんだ?」

 顔を上げる。どう聞いたって不機嫌なトーンで俺の名を呼ぶのは風紀委員長の加賀谷だった。

「当日はきっと忙しくなるだろう。現場は風紀が主に監督することになるが、情報が集まり管理するのは生徒会だ」

 また小言や嫌味でも言われるのだろうか。加賀谷の続かんとするセリフに、聞かずともうんざりした気持ちになるが、どうやらばっちり顔に出てしまっていたらしい。不機嫌そうな顔が「お前な」と舌を打つ。

「なんだその顔、むかつく面しやがって」

「ああ、悪い。またお得意の嫌味かと思ったら、思わず顔に出た」

「てめえの方がよっぽど嫌味ったらしいだろうが。……違くて、当日は頼むぞ生徒会」

 一体どこに目を向けてるのか。腕を組み明後日の方向に目を向ける姿は人に頼む姿勢とは程遠かったが、加賀谷からの予想もしていなかった言葉にきょとんと眼を丸める。なんだ、こいつも人に対して素直に頼むとか言えるんだな。

「現場を見回る風紀あっての生徒会だ。風紀も、頼んだぞ」
「当たり前だ」

 そう言って不敵に笑うと加賀谷はじゃあの一言もなく、踵を返して行ってしまった。その先で待っていた清原と2,3言葉を交わすと、教室から出ていく。
 そして加賀谷と代わるように清原がこちらへ手を振って向かってきた。

「かーいちょ。また影也に小言言われたの? 姑みたいだねぇ」

「まあ似たようなもんだろ」

 ちなみにお前は小姑だ。そう続けて言えば面白そうに笑い声をあげる清原。加賀谷が姑で清原が小姑なら、植木は姑が飼うバカ犬だな。
 心の中でそんなことを考えていると清原が音を立てて椅子を引き、先ほどまで北条が座っていた席に乱雑に腰を下ろした。一体なんの用だ。俺はもう行くつもりだったのに。訝しく思って隣の清原に目を向けると、頬杖をついた清原がにこにこと上機嫌に笑う。

「入学式お疲れ様。いろいろトラブル対応で大変だったみたいだね」

「いろいろ、な。風紀もこの間の件は無事に解決したのか」

「この間の件?」

 心当たりがないのか、それともありすぎるのか。首を傾げて思い返そうとする様子の清原に「ほら、数学準備室で起きた……」と言葉を続けて、そこで口ごもる。
 数学準備室で起きたレイプ未遂事件。加害者曰く、被害者は相良という男子生徒だということ。この事件の裏で手引きしていたのは帰宅部だということ。風紀は一体どこまで情報を得たのだろう。忙しい中でもどこかでずっと心の端に引っかかっていたことだった。

「ああ、あれね。補佐くんの義理の弟くんが被害者の」

「……義理の弟? あいつは秋の、義理の弟なのか?」

「ああ、知らなかった?」そう言って目を細める清原に口を噤む。清原の言うことは図星で、だからこそ何も言い返せなかったのだ。
 清原は俺から視線を外して前を向くと、机の上で伏せるように体勢を低くし、卓上で組んだ腕の上に顎を置いた。そのまま、なんてこともないよう話を続ける。

「まあでも養子縁組したのも最近の話みたいだし、知らなくたって仕方ないかもね。俺たちも詳しく聞いてるわけじゃないし、気になるなら直接補佐くんか、義弟くんに聞いてみるといいんじゃない」

 清原の物言いに思わず頭を押さえたくなる。
 今は休学中の補佐役は去年の暮れからずっと学校には来ていなかった。補佐……相良秋は俺の友人でもあり、幼馴染でもある。例え休学中だとしてもそんな大切な話をまさか清原の口から聞くことになるだなんて思いもしなかった。俺から秋に、一体何を、どのようにして聞けというのか。あいつがわざわざ黙っていたことを、どうやって?
 清原、友達いないだろう。そんな風に無性に清原を責めたくなって、こんなのはただの八つ当たりだと息を吐いた。

「例の事件は全て帰宅部の差し金と聞いた。本当か」

「さあ。そんな話も出てるけど苦し紛れの嘘かもしれないし、どこまで信ぴょう性があるかも疑問だね」

「調査はしてるのか?」

「一応ね。とは言っても帰宅部が誰かもわからない状態じゃ限度があるってもんよ」

 そもそも反生徒会組織なんて大仰な組織、実際に存在してるのかねぇ、と清原がため息交じりに言う。

「……加害生徒の処分は」

「三か月の停学処分だね」

「……現行犯だぞ。いくらなんでもそれは甘すぎないか」

「未遂で終わってるしねぇ。まあいつも通り支援金絡みでしょ。加害生徒の親が結構な額を払ってるみたいだし、被害者側も大事にしたくないとかで停学三か月」

「……どうしようもねぇな」

 この学園も、大人たちも、何もかも。心底うんざりして、半ば漏らすように言えば清原は目を細めた。口元には微かな笑みが浮かんで、まるで憐れむようなその視線がどうしようもなく居心地悪い。なんだよ、と振り払うように言うと「会長はお馬鹿だね」と笑った。


「もう全部放り出して逃げちゃえば? 会長が会長である必要なんてないと俺は思うけどなぁ」

『逃げろよ。日暮に捕まるな、逃げきれ浅葱』
 目の前の清原に重なるのは、懇願するよう、絞り出す声で言う加賀谷の姿だった。それはまだ俺たちに確かな絆があった頃の思い出だ。今では既に失われたもの。振り返れば振り返るほど、思い返せば思い返すほど、それはより残酷で奇麗なものとして記憶の一部に沈殿していくものだった。


「……ここまできて、逃げるなんて選択できるわけないだろ」

 たとえこの役割が俺である必要がなかったとしても。
苦虫を噛み潰したように顔を顰める。清原はそんな俺の様子に何も言わず、ただおもしろくなさそうに鼻で笑うだけだった。


「そうだ、明日お昼の時間食堂にきてごらんよ、きっと面白いものが見れるよ」

「食堂はうるさいから行かない。どうせ大したもんじゃねぇだろ」

「ふーん、あっそ。まあでも副会長はぜひ、なんて言ってたけどね」

「……なんだと?」

 北条が? 半ば信じられず清原に疑いの視線を向ける。清原は相変わらずの食えぬ笑みを浮かべるだけで、俺の問いに答えることはなかった。


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