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 携帯へ一件の不可解なメールが入ったのは、第一会議室から生徒会室へ戻る途中のことだった。
 ディスプレイに表示された差出人不明の送り主に眉間を寄せる。広告や企業からのメール、更には迷惑メールに至っては全て拒否設定にしている以上、これほど怪しいメールが届くこと自体に、悪意もしくは故意がにじみ出て見えるようだった。


生徒会長殿
本日18時半、物理準備室にて待つ。


 内容は以上。決闘だろうか。こんなご時世に、メールで?いや、まあ今の時代だからこそ手紙ではなくメールでの決闘申し込みだってあり得なくはないが、問題はそこではない。
念のため風紀に報せるべきだろうか。一瞬悩んで、見覚えのあるメールアドレスに気がつき呆れながら携帯をポケットへしまった。仕方がない、少しくらい彼ら…否、彼の遊びに付き合ってやろう。

 先方ご指定の18時半まではまだ時間がある。この時間に指定の場所へ向えば学園内巡回バスは終わっているだろうが、こんな風に呼び出すくらいだし、何かしらの用があるのだろう。面倒だったが徒歩での帰宅を覚悟して、ひとまず時間を潰すために生徒会室へ戻るのだった。


**


 それから時間は進み、場所も変え。
 窓の外はすっかり暗くなった物理準備室でのこと。

「いまだ、生徒会長捕獲ーっ!」

「あほか。呼び出しておいてお前が遅刻すんな、俺じゃなかったら帰ってるぞ」

「あー、っれと……外したか。ああ、悪い悪い。まあそんな怒るなよ、滝真」

 物理準備室の教室の扉を勢いよく開け放ち、叫びながら飛びかかってきた大柄の男をかわす。盛大にすかしを食らい、その場で呆然とする男…佐藤雅宗(さとう まさむね)が仕切り直すように、がははと大口を開けて笑った。

 時刻は18時40分だった。約束の時間の15分前には書類づくりを切り上げて、指定された物理準備室へ来ていた俺は、結局無人の教室で計25分も待たされたことになる。匿名で人を呼び出しておいて遅刻するなんて信じがたかったがこいつはそういう男だ。今さら何も言うまいと呆れて息を吐くが、俺を呼び出した張本人である雅宗はあっけらかんとした様子で煙草に火をつけその場で吸い始めた。馬鹿か、仮にも教師が使用するこの教室で煙草を吸うやつがあるか。

「この準備室の主、今休職中なんだよ。換気しておけばバレねぇから大丈夫だって」
「そういう問題じゃないだろ。……で、あんなメール寄越してきていきなりなんだよ? 話があんなら普通に連絡してこい」
「ああ、なんていうの。やっぱり空気感? 雰囲気? って何事にも必要だろ、ただ俺が呼び出しただけじゃなんていうか、キマんねーっていうか」
「馬鹿。いらねーよ馬鹿」

「いま馬鹿って二回言ったな」と楽しそうに言う雅宗の言葉を聞き流し、呆れる。やっぱり馬鹿だ、阿呆だ。一体なんだというのか。煙草の煙を纏いながらまたも大口を開けて笑う姿にせめて窓を開けろと指さす。口を尖らせる雅宗は、文句は言いながらも重たい腰を上げると、施錠されていた窓のカギを開けてがらりと音を立てて開いた。

「あとここでお前がやっつけられたとき、お前の携帯に俺からの呼び出しが残ってたら俺が疑われるだろ」
「はっ。本気で俺のこと倒す気だったのかお前」
「まさか。とにかくお前が一番やりづれぇよ。これ、毎回言ってる気がするけど、なんで生徒会長なってんだよ、滝真」
「それは俺の台詞だ。なんで反生徒会組織なんて所属してんだ、雅宗」

 俺の思わぬ反撃にきょとんと目を丸めた雅宗が、少し複雑そうな顔をした。「さあ、なんでだろうな」誰に言うでもなく、口から煙を吐き出しながら呟く。

 反生徒会組織。通称、帰宅部。生徒会を潰す活動を行う非公式の組織である。
 その存在はこちらも一応認知している程度で、部員数も、いつから始まったのかも、普段どのような活動を行っているのかも、何も知らない。とりあえず今までは実害もなかったので放っていたのが、ここ最近で急に名前を聞くようになったのだ。

 1.2年時の元同室者だった雅宗とはそれなりの関係を築いてきた。それがいつのまにかそのような組織に入っていたと知った日、俺は一体なんと言っただろうか。今ではもう思い出すことも出来ない。
 進んでそんな活動をするタイプにも思えなかったが、今でもこうして帰宅部所属を名乗っている辺り居心地は悪くはないのだろう。
 まさか友人に狙われる日がくるなんて、あの頃の俺は夢にも思わなかっただろう。目の前の男の不敵な笑みに頭を押さえたくなる。


「……それで? 入学式前の事件が帰宅部の差し金っていう噂はどうなんだよ」
「ああ、相良弟だろ? まさか本当に俺たちの仕業だと疑ってるのか?」
「……相良弟が被害者っていうのは知ってるんだな。情報が早いな、お前のところは」

 腕を組み問い詰めるように言うと、雅宗は途端に顔をしかめた。わかりやすいやつめ。

「まいったな、お前のマジは怖ぇから嫌なんだよ」

「答えろ、それによってお前たち帰宅部の処遇を考えないといけない」

「……知らないよ。情報はすぐに入ってくるようになってるから、学園の大抵のことは把握してんだよ。ただ相良弟をわざわざ襲わせただなんて、まさか。濡れ衣だ」

 煙草の吸殻を携帯灰皿に落とすと、雅宗は肩をすくめて勘弁してくれと言った。その様子をじっと見つめる。嘘はついていなさそうだが、一体どこまで信じればいいのか。雅宗の困ったような、居心地が悪そうなその様子に息を吐く。

「信じてくれないかもしれねえけどさ、俺は……」

「いい。今のところは、信じる。ただ勘違いするなよ。帰宅部を信じるんじゃない、俺はお前の言葉を信じるんだ」

 神妙な面持ちで雅宗が俯き、顔を上げた。銀灰色に染めた、少し長い前髪が目にかかる。190センチ近い大柄は俺でも見上げる高さだ。雅宗がかすれた声で、俺の名前を呼んだ。

「……今回の事件が違くとも、今後はわからねぇよ。滝真、悪いことは言わないから、さっさと手ぇ引いちまえよ。もう潮時だ、生徒会も風紀も、この学園の体制も、全部あとは落ちていくだけだぞ」

「これは忠告で、そんで友人としての頼みだよ」雅宗が真剣な眼差しで言う。なんだか最近同じようなことばかり言われるが、俺はそんなにもひどい立場に立たされているのだろうか。そう考えて、愚問だったなと1人笑う。初めからわかっていたことだ。
 雅宗の真剣さはよく伝わってくる。けれど。

「……雅宗。悪い、俺は」

「あー。いいよ、言わなくて。お前の答えなんてわかってる。もし、俺とお前が対峙する日が来たら思わず笑っちまうかもな」

 俺の台詞を遮って雅宗は手で制した。笑みを浮かべながら言うその姿に、鼻で笑ってやる。

「はっ。対峙できるくらい成長させてみろよ」

 この学園をぶっ壊すというのなら、やってみろ。俺が相手になってやる。腕を組み、そう答えると、雅宗はまたもおかしそうに笑うのだった。


ep.1 end
おまけ


「そういえば呼び出した理由ってなんだったんだよ」
「ああ、今日俺の部屋でマリカーやろって誘おうと思って」
「はあ!? なんで普通に連絡してこないんだよ、それにわざわざこんな時間にしなくたって」
「補習終わるのこの時間だったんだよ、普通に誘っても待っててくれないだろ滝真」
「……バス、もう出てないぞ」
「……げっ……まじか……」
「……馬鹿」

 この後寮に戻ってからマリカーしたしなんならスマブラもやった。まあ悪くないひと時だったと言えよう。
 明日からまた学園生活が始まる。今はこの時間を楽しもうと、元同室同士の気の置けない友人と夜通し戦いに勤しんだのであった。

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