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 高等部校舎から理事長室のある特別棟へ向かうには、学園内巡回バスを利用した方が圧倒的に早い。
 入学式も無事に終え、やっと通常授業が開始された。岩村にお願いしていた報告書の入ったクリアファイルを片手にバスに揺られること数分、流れていく景色を眺めながらもさざ波の様な眠気にまどろんでいる時のことだった。

「……」

 中等部校舎前バス停で停車したバスの外にふと視線を移す。すると、なんとも不可思議な光景に眠気もどこかへ、目を瞬いた。

 見覚えのあるまりもが彷徨っている……はたして、これは夢だろうか。
 まりもはきょろきょろと辺りを見渡し、手元の携帯を確認しながらもずり落ちそうになる眼鏡を世話しなく持ち上げている。……一体、何をやっているんだ、あのまりもは。

 夢にしたってなんとも奇妙だ。大きなため息を吐く。発車のために閉じかけたバスの扉に、慌てて席から立ち上がった。

「……すみません。降ります」






「おい、お前」

「えっ!? あ、えっと、……あ、生徒会長」

 大げさに肩を揺らし振り向いたまりもは、相変わらずのもじゃもじゃの頭に瓶底眼鏡という出で立ちだった。
 マリモ……改め、転入生の響とは、会話どころか一瞬しか顔を合わせていないはずなのに、よく俺が生徒会長だと覚えていた。その異様な記憶力の良さに妙に感心しながら、じろじろとその風貌を眺めてみる。……ああ、昭和の芸人スタイルだな。

「こんなところで何やってる、中等部校舎前だぞ。不必要な行き来は控えろ」

「中等部校舎……?! す、すみません。俺、迷ってしまって……」

「だろうな。……はあ、行先はどこだ」

「えっと、理事長室……に行きたくて」

 中等部校舎まで来てしまったことに余程ショックを受けているのか、青い顔をして落ち込むその姿に哀れさを感じるが、響の当初の目的地に眉を上げた。
 まさか行先が同じだとは思わなかった。転校で何かしらの手続きが残っているのだろうか。まあなんだっていいとその場で踵を返す。すると慌てたような響の声が俺を呼び止めた。

「あ、あの……っ」

「行先が同じだ、案内してやるからバスの乗り方くらい覚えろ」

「バス? ……もしかして、理事長室までバス出てるんですか!?」

「……。お前、ここまでどうやってきたんだ?」

「え、歩いてですけど……。」


「嘘だろ……。どんだけ距離あると思って……」

 こいつ、そのうち学園内で遭難でもするんじゃないか?
 呆れを通り越して心配にさえ思えてくるのだから人の感情とは不思議なものだ。学園内で遭難者だなんて、シャレにならない。何か対策が必要だろうか、そう真剣に悩んで、痛む頭を押さえつけた。



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