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それから程なくして遠くの方からこちらへ向かってくる二つの人影に気がつき、ようやくかと腕を組む。


特別棟の玄関前にて待機する俺たちに気がついたらしい男たちは一直線にこちらへ向かって進んでくる。
先頭の男が、その王子のように整った甘いマスクににこりと笑みを乗せて手を挙げた。


「やっと来たか」

「?あの人がもう1人の転校生?」

「後ろのがな。前は違う、俺と同じ生徒会役員だ」

歩みを早めることもなくゆっくりと距離を縮め、やっと俺たちの元へ到着した男は、俺の後ろにいる晴に人の良い笑みを浮かべて会釈した。
北条 千里(ほうじょうせんり)という。生徒会の副会長を務めていて、先程俺が電話で連絡を取り合っていた人物だ。

綺麗に整った顔に乗せられた、相変わらずの胡散臭い笑みにはもう慣れた。

北条とは中等部からの付き合いだが、初めて会った時からこんな感じで他人と一定の距離を保つような奴だった気がするし、これが彼なりの精一杯の生き方なのだろう。

大変窮屈そうだがそれに俺が口出しする事でもないので、いつか北条が心の底から笑える日が来るのを密かに楽しみにしている。ただそれだけだった。


「お待たせしました」腕時計を確認しながら俺の前まで来た北条にふと、何か違和感を感じる。

いつもと少し様子が違う…?
何か思うところでもあるのか。いつものように笑みを浮かべるもののまるで緊張したように、いつにも増してガチガチに固められたつくり笑顔に眉間に皺を寄せる。
しかし気になるからと言って人前で尋ねるような事でもないし、まあ後でそれとなく聞いてみればいいかと思う。北条の後ろにいるもう1人の転校生に一度目を向け、すぐに視線を逸らした。
写真では見ていたが実物はなかなかの迫力だな。コメントがしづらいのであえて触れないでおこうと北条に向き合った。


「北条。遅かったな、時間も結構ギリギリで…」

「正門は遠いですからね。それよりも会長、携帯はいつでも繋がるようにと以前にも申し上げましたよね?これで何度目ですか、いい加減学習して下さい」

「携帯……あー、ああ。悪い、つい」

「『つい』?つい、とはわざわざ電源でも切ったような口ぶりですね」


咎めるような北条の視線に口が引きつる。

おっと、余計な事口走った。まさか北条からの追撃メールが面倒だから電源を切ったなんて言えるはずもない。

誤魔化すように咳払いをし、なんと答えようか視線を彷徨わせると、北条はそんな俺をただ黙ってじっと見つめ、ため息を吐いた。

居たたまれなくて思わず、なんだよ。と小さく呟くように言うと、北条はただ呆れたような眼差しを寄越すだけで、転校生の前とあってかそれ以上何かを言ってくることはなかった。

「こちらをご覧ください」

北条は制服のポケットから携帯を取り出し、着信履歴が表示される画面を俺の眼前にずいっと突き出した。

いきなりなんだ。狼狽えながらもとりあえず画面を目で追っていく。

役員や業者の名前が並ぶそれに一体何があるというのか、つい先ほど俺と連絡を取り合った後に誰かと通話している。そしてその後もう一度俺に連絡をして、繋がらず…か。

着信履歴に残る、俺に挟まれる人物の名前は書記の戸際の名前だった。


「?戸際がなんでお前に…」

「至急の連絡。会長に繋がらないって半泣きで僕に連絡してきたよ」

「あー…それは悪い事したな、用件は?」

「明日の入学式の設営中に問題が起こったらしい。
なんでも花飾りが500ほど足らないのと会場に盛大にインクを溢してしまったと。
カーテン、カーペットはもう使い物にならないし、椅子にもだいぶインクがついてしまったようで。清掃業者に連絡してみたらしいけど、早くて明日の昼過ぎになってしまうと。
カーテンとカーペットは新品購入しようにも即日配送している業者が見つからないみたいで『ど、どうしたらいいのかわからなくて、……どう、どうしましょう、会長……!!』と叫んでましたよ、戸際くん」

「……そうか。わかった」


絶妙に似ている戸際の真似に思わず吹き出しそうになるがそれを飲み込んで晴を振り返る。

静かに俺と北条の会話を聞いていた晴の顔は険しい。
ここまでくると以前の学校の生徒会に嫌な思い出でもあるのだろうか。晴がなぜそこまで生徒会を嫌悪するかは知らないが、あまりいい印象を抱いていない事は明白だった。


「北条、悪いけどこっちも頼む。これは弟の晴、よろしく頼むな」

「ええ、わかりました。晴くん。僕は北条といいます、よろしく」

「あ、はい。今日から転入してきました浅葱晴です、よろしくお願いします。後ろの…方は?」

それに触れてもいいのかという戸惑いが声に滲み出る。
晴の視線を辿り北条の後ろにつく人物に目を向けた。



パーマ、というにはもう少しやりようがあったのではないかと思える、まるで鳥の巣のような髪の毛。
前髪は目にかかり牛乳瓶の底のように分厚いメガネがその素顔を隠す。

口元のみでしかその表情は伺えず、弧を描く口元は笑みを浮かべているのだろう。写真であらかじめわかっていたとはいえど、現実で見るその清潔感のなさと不気味な笑みにもはや感嘆さえしてしまう。

転校生は視線が集まったことに気がつくと大きな挙動で頭を下げた。


「あっ、は、初めまして!俺は響巡流って言います、よっよろしく!」

「あ、うん、よろしくな」

「……それじゃあ、後は頼んだぞ北条」

あれが、北条が話していた猿か。
本当に門の上に乗っかっていたのだろうか。…いや、まさかな。そんな話信じられるか。それに猿と言うよりかはまりもだろう。まりもは木を登らない。

そんな感想は口にせず北条に目を向ける。
俺の言葉に頷く北条。響の姿を無遠慮にジロジロと眺める晴を一瞥してから、戸際の元へ向かうべく、俺はその場を離れた。


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