4



時と場所は変わり、男が一人鼻歌交じりで廊下を歩いている。


ここは北校舎の最上階、突き当たり。
男は金色のドアノブに手をかけてその扉を開いた。

ここは生徒会室。
成績、家柄、容姿と共に全てが優秀であり学園のトップを飾る王者が集う部屋。
そしてこの男もまた、そんな生徒会役員の一員であった。


「おっはよー!つい寝すぎちゃって遅くなっちゃ……あれ?」


「あ、岩村先輩。おはようございます。寝すぎちゃったって、…しっかりしてくださいよ、もう大体の仕事終わっちゃってますし!」


「えーごめんごめん!今いるの快斗だけ?会長と千里どこいったの?」


岩村 流生(いわむら りゅうき)は扉を閉めながら、いつもと違って静かな室内に首を傾げた。

てっきり鬼のような形相をした会長が待ち受けていて、しつこい小言を言われるかと警戒していたのに、いざ来てみれば口うるさい会長はいない。

その上、さらに厄介な副会長もいないとは。


一体これはどういうことだろう、二人揃っていないとなると何か問題でも起こったのだろうか。


岩村は顎に手を添えてふむ、とポーズを決める。
書記の戸際 快斗(ときわ かいと)はそんな岩村の様子を遠巻きに伺いながら、あの…と小声で話しかけた。


「岩村先輩、昨日会長が言ってたこと忘れてます?聞いてなかったんですか?」

「んー?あー、なんか言ってたっけ?」


岩村は昨日の放課後の出来事を思い浮かべるけれど、戸際の言うような事に覚えはなかった。

そういえば帰る直前に会長がなんか言ってた気がする。しかしその後の予定のことを考えてたために全然聞いてなかった。

名前も知らない生徒との昨晩のお楽しみを思い出して岩村の口元がにやけるが、おっと快斗が怪訝な顔をしている気をつけなければ。と慌てて口元を隠す。

隠せども隠しきれていない岩村の様子に呆れ返る戸際。大きく溜息を吐いて書類を岩村に手渡した。


「遊びもいいですけど、ちゃんと話聞いてないと会長にまた怒られますよ?
転入生が今日から登校なんです。担当は副会長…北条先輩ですね、正門まで迎え、校内の案内をされているかと。北条先輩は転入生二人を職員室へ届けた後、こちらへ戻ってきます。俺たちは…」


「二人?どういうこと、転入生は一人じゃないの?」


「そこからですか?!はぁ…。今期の転入生は第二学年に2名なんです。そのうちの一人が……」

「うわぁ、待って、待って!なにこれ。この転入生のもじゃもじゃくん、どうしちゃったの?うちの校則って髪型とか何でもよかったんだっけ?あー、でもドレッドヘアいるし、これも許されんのか……」

「……あの、先輩」

「よくこの見た目で面接受かったね。外部から来るんだからどんなすごい子が来るかと思いきやそっちのすごさかぁー……あっ待って、電話だ。ごめんね快斗、あと頼んでい?会長も千里もいないみたいだし、適当にね!それじゃよろしくぅ」

岩村は携帯のディスプレイを確認すると、まくし立てるように言って席を立つ。
言いたいことだけ一方的に言い放ち、渡された書類は机の上に適当に置いて、戸際の返事も聞かないまま震える携帯を手に、岩村はさっさと生徒会室を出て行ってしまった。


部屋に一人残された戸際は深いため息を吐き出した。まるで嵐が去ったようだ。
あの先輩はまるで人の話を聞かない。戸際は机の上に乱雑に置かれた書類を整え、そのまま視線を落とした。



1枚目の書類。もじゃもじゃ頭の男が。唯一見える口元に笑みを浮かべている証明写真が載っている。
確かに岩村の言う通りだと思う。このビジュアルでよく面接を通った。理事長はあまり見た目や清潔感を気にしないのだろうか。

戸際はゆっくり書類を捲る。

響巡流(ひびき めぐる)第二学年。戸際と同じ学年だ。成績優秀、家柄は…特に有名企業のご子息とか、そういうわけでもなさそうで、母子家庭。
金銭的に余裕があるとは到底思えないが、持ち前の頭脳で特待生制度を取ったようだ。クラスはA、自分とは違うクラスだった事に戸際はほっと息を吐いた。


しかし、問題は次なのである。岩村は全然聞いていなかったが、今ここに会長がいない直接的な理由でもある。戸際は更に書類をめくった。


「浅葱、」


そのよく知った苗字と、写真に写る見知らぬ男の姿に戸際の胸がざわつく。

なんだろう、この嫌な予感は。
何かが始まるような。そして今まで築き上げてきたものが崩れてしまいそうな。
ふとそんな予感がして、いやそんなものはただの妄想に過ぎないと首を振る。


…俺はただ、この平和で平穏で何でもない毎日が、これから先もずっと続けば。それだけで、いい。


「…ずっと、会長の元で。…滝真さんと、ともに」

あの人にまるで似てない顔で笑うこの男に、何故だか無性に腹が立つ。

何年もかけてようやくあの人の近くまで来れた。なのにそれを嘲笑うかのように、突如現れ血縁者だというだけで無償であの人に愛される。新たな登場人物に、戸際は確かに怒りを感じていたのだった。

嫉妬の炎に焼かれてしまいそうな自分を嘲笑するように、窓の外では木々が風に吹かれ揺らめいていた。


.

5/5
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -