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「へえ、ってことは会長も理事長に会いに?」

「生徒会で報告事項があってな。お前、俺がたまたま通りかかったから良かったもの、どうするつもりだったんだよ」

「えっと、なるようになるかな……って、あはは……」

 バス停前。巡回バスを待つ間、俺と響は雑談をして時間を潰していた。乾いた声で笑う隣の響を横目で見る。こいつ、勉強が出来てももしかしたら根本的な部分が阿呆なのかもしれない。笑い声と共に、もさもさと揺れる鳥の巣のような髪の毛をじっと見つめて、息を吐く。

「それよりもお前、どうにかならないのかその見た目」

 思っていたことを口にすると、響の口元が歪んだ。気分を害した、というわけではなさそうなその予想外の反応に片眉を上げる。
もしかして、その見た目の異様さに自分でも気が付いているのだろうか。しかしそれも変な話だ。あえてそんな恰好をしているような、そんなこと……。

「見た目って、そんなに重要ですかね……。俺、いまいちその感覚がわからなくて」

「感覚がわからなくても、ある程度は理解しておくべきだな。この学園ではそれが必要な力になる」

「えっと……?」

 いまいち理解ができないでいる様子の響に顔を近づける。
 当たり前だ、外の世界で生きてきた奴にとってこの学園の普通は異常でしかないのだから、理解なんて出来るわけもない。しかし、そうも言ってられない。知らぬ存ぜぬ理解できぬと全てを突っぱねてここで生きていくことはできない。それほどまでに、この学園は毒が強すぎるのだ。

「俺も、お前を案内した北条も、ほかの生徒会役員共もみんな顔で選ばれている。この学園では見た目と家の名前が最も重要視されるんだ。個人なんて誰も見向きしない。それどころか不利益さえ被ることになるぞ」

「顔で、生徒会役員が選ばれている……? そんなこと、」

「残念ながら、あり得る。響、お前は何を持ってる? 名前か、顔か、それとも何か他よりも秀でた能力か。何かを持ち、それを誇示していかないとこの学園に食われるぞお前」

 何かを言いたげに少し開いた口元。きっとさぞ不服そうな顔をしているに違いない。そう思うと、なぜだか、俺の中の嗜虐心が掻き立てられた。いつもはそんな風に考えが及ぶことなんて滅多にないのに。
 響の野暮ったい眼鏡にゆっくりと手を掛ける。振り払われるだろうか。その可能性が頭を過るが、それに反して響は拒否する素振りなどは一切見せず、その分厚い仮面はいとも簡単に外された。

「……は、わけありかよ」

 少しの静寂の後、自分の息を吐く音。分厚い眼鏡の下に隠されていたのは宝石のように輝く青だった。
 挑戦的な瞳。そこに混じるのは哀れみだろうか。まっすぐに俺の姿を映し出すその姿に息を飲み込む。純粋に、素直に、綺麗だと、そう思ったのだ。

 顔の半分以上が隠された姿は理由あってのものだった。
己の持つものを誇示しろ、と言ったが撤回だ。
 あまりにも綺麗すぎる宝石はいいものも、悪いものも、全てを惹きつけてやまない。だからこそ、誰からかまわずに見せびらかすべきではない。響の仮面は、決して剥がすべきではないものだ。そう考えて、自分の考えにうんざりとする。どうやら俺も、随分この学園に毒されてしまっているらしい。

「おかしいと思います」

「……なにがだ」

「あんたの考え方も、この学園も、全部何もかも、おかしい。絶対にそんなの間違ってるだろ」

 響の声が震える。青が揺らめいて、強く握った手には爪が食い込んでいた。

「俺が、変える。全部ぶち壊してやります」

「は……お前が? この学園を変える?」

 頷く響。その姿に何かがダブった。学園を変えると意気込むその姿は、あまりにも眩しくて、そして愚かに見える。なのに、どうしてだろう。強烈に惹かれるような、不思議な感覚。
 それを誤魔化すように俺は息を吐くように笑った。

「会長も、選ばれたってことですよね。顔が一番良かったから、生徒会長ってこと?」

「はっ。まあ、それもある。……けど、それだけじゃない。俺はある意味イレギュラーだった」

「……? それって、どういうことですか」

「指名制が生徒会役員に適応されることはほぼない。補佐に限っては別だが。役員決めにおいては投票結果がすべてだ、うちは民主主義だからな」

「……会長は指名された上で、投票に勝ったということですか?」

「勝ち、な。まあそんなところだよ」

 何かを考え込むような響の後方にバスが見えてきた。俺の視線を辿るように、響もそちらを一瞥すると、すぐに俺は視線を戻す。もっと話を聞きたいと目が訴えているが、俺はその視線を断ち切るように、響から目を離した。
 この双眸に見つめられると、居たたまれないような気持になる。何もわかっていないはずなのに、全部見透かされているようで、居心地が悪くなるのだ。

「なんか、会長は会長をやることが不本意みたいだ。……それなら、跳ねのければよかったのに」

「不本意なんてまさか。この地位は力がある。大抵のことは叶えられる」

「……最低ですね」

 最低。響の心底うんざりしたような声音に喉で笑う。バスが目の前で停車する。
 手にしたままだった瓶底眼鏡を、響の青の双眸を塞ぐようにかけてやり、口角を上げて笑った。

「お前もそのうちわかるかもな。学園を変えるなら、まずは力を手に入れないとだろ」


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