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「おい、本当に行く気か?」

 各々でならまだしも、役員全員で食堂利用だなんて頭でもおかしくなってしまったのではないだろうか。本気で心配になりながら隣を静かに歩く北条を見ると、俺の心配なんてどこ吹く風でふふふ、なんて楽しそうに笑っているものだから、これはもしかしたら確定かもしれないと顔が青ざめる。そんな俺を北条は非常に汚らわしいものを見るような目で見た。

「会長、余計なことを考える余裕はあるんですね」

「いや、だってお前……どうしていきなり食堂なんて」

「きみも清原君から聞いたんでしょ?」

 お互いの認識が同じであることを確認するように、さも当然のことみたいに北条は言う。しかし俺に思い当たる節なんてなくて、さてはこれは清原にハメられたなと顔をしかめた。


「詳しくはなにも聞いてねぇよ。ただお前が喜んで行くだろうってことだけは的中してるから余計怖い」

「僕が喜んで、ね。行動を見透かされているなんて気分がいいものではありませんね」

「何が起こるんだよ。お前、清原から何を聞いた?」

 俺は食堂に行けば面白いものが見られると、そう聞いただけだ。喉元まででかかった言葉を飲み込んで、ただ北条の返答を待つ。しかし北条はすぐに答えようとせず、二人の間には不自然な沈黙が訪れた。
「おい、なんだよ。もったいぶるな」二人分の上履きの音だけが響くこの状況に耐えられず、思わず催促をする。北条の返答、の代わり、背後から近づいてくる足音に気が付いて、今歩いてきたばかりの長い廊下を振り返った。

「おーい、二人ともー! 待って待ってー! 」

「ちょっ、と、岩村先輩……! 廊下走ったら風紀が飛んできますよっ」

「……戸際と岩村か」

「二人、騒がしいですよ。本当に風紀に見つかったら面倒なので静かにしてください」

 上機嫌な様子の岩村、次いで結局岩村を追いかけながら自分も走っていたという戸際が俺たちのもとへ合流する。
 北条から厳しい視線を受け、縮こまって小さく謝る戸際に対して、岩村なんて「やっ、ごめん!」なんて軽い調子だ。その様子に呆れながら再び歩みを再開する。

「っち、間に合ったのか」

「間に合ってしまいましたね〜。耳栓もばっちり。二人持ってきた?」

「……岩村お前、いつもそんなもん付けてるのか」

 ワイヤレスのイヤホンを手に悪い笑みを浮かべる岩村。こいつ、こういう変なところだけはちゃっかりしてるんだよな。

「戸際も、ご苦労だったな。」

「いえ、撮影自体はすぐに済むものなので……。今日の放課後で一応全ての撮影は終了する予定です」

「それで、なんで急に食堂? 今日の日替わりランチ、そんなに美味しそうだった?」

 岩村からの質問にすぐに返答が出来ず、ちらりと隣の北条に目を向ける。前を見据えたままの北条はやっぱり何も言わない。
 妙な沈黙に首を傾げる岩村。どう答えたものかと考えあぐねていると、戸際がそういえば、と沈黙を破った。

「……今日は風紀も、食堂を利用するって言っていました」

「げっ」

「……なんだと」

「植木からの話なので、一応情報自体は確かです」

 そういえば戸際と植木は同じクラスだったな。心底嫌そうな顔をする岩村は置いておいて、北条も驚いたように目を丸めている。一体どういうことだ。風紀と、北条が食堂へ向かう理由は関係ないという事なのだろうか。

「風紀として食堂利用なんて珍しいね。なんで? 何か目的あってってこと?」

「俺が聞いたのは、ある生徒に接触するらしいってことくらいです。あとはちょっと……」

「馬鹿快斗! 略してばかいと! どうせ『ふーん、そうなんだ。あっ実は俺たちも今日は食堂なんだ〜』って能天気な返事しただけなんでしょ!」

「ひ、ひど……その通りですけど……」

 少し傷ついた様子の戸際を岩村がなじり倒している。

「そう答えた後の植木はなんて?」

「そういえば、生徒会も食堂利用だと伝えたらすごい嫌そうな顔してましたね。その時は単に被るのが嫌なのかと思ってましたけど、『飯食ったらさっさと食堂から出ていけよ』って念押しされました」

「生徒会が居合わせたら面倒になるって思ったのかな…」戸際の呟きに清原の姿が頭を過る。あいつは事態をややこしくさせる天才だから、妙な餌をばらまいて俺たち生徒会を食堂に誘き出そうとしたって不思議ではない。それなら一体何が起こるというのだろう。ようやく見えてきた食堂の入り口にどんどん足取りが重たくなっていくようだった。

「響君が、理事長の甥ということは知っていますか」

 突然、北条が言った。呟くような小さな声は後ろで騒いでいる岩村と戸際には聞こえていないらしい。

「……ああ。らしいな」

「少し話をしたかったんです。まさか生徒会役員全員で食堂へ行くことになるとは思いもしていませんでしたけど」

「僕が食堂へ行く理由はそれだけですよ」北条が観念したように言う。その様子を横目で見ながら、そうかと頷く。それは悪いことをした、のかもしれない。役員の前で北条に食堂に行くのかと尋ね、そうしたら岩村が「なら俺と戸際も」と半ば勢いで今日のランチが決定したのだ。
 それにしたって響が理由だったとは。北条の、北条らしくないその理由に小さく嘆息する。あの北条が、他人に興味を、ね。
 食堂へ続く扉を目の前に立ち止まる。ついに辿り着いてしまった。


「もちろん会長が先頭だよね」

 イヤホンを装着しながら楽しそうに言う岩村に深いため息を吐き、ゆっくりとその扉に手を掛けたのだった。

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