夏の終わり3



その日の夜。

ソファの上で寝息を立てる雅宗にそっとタオルケットを掛けて、付けっぱなしのテレビの電源を切る。机の上に散らかったままの、とっくに飲み終えて中身が空っぽの缶や、食べかけの漬物と乾物を片しながら、今日こいつトイレ以外でソファから動いたか?と呆れて息を吐き出した。
時刻は既に11時を回っている。休み中とはいえ体内時計は狂うことなく正常に動いているせいか、先ほどからまるで鉛のように重たい瞼に俺もそろそろ寝るかと欠伸をかみ殺しながらリビングの電気を消した。スイッチ音の後に広がる暗闇は全てを飲み込む。そこにじわりと漏れ出るような明かり。なんだろうと不思議に思い、何も見えない足下に気をつけながらもゆっくりと近づけば、ソファの上、雅宗が横になる足下に無造作に置かれた自分の携帯がディスプレイを光らせながら微かに振動を繰り返していた。

「?」

雅宗を起こさないように気をつけながら携帯を拾う。暗闇に浮かび上がるディスプレイの明かりが目に痛くて直視が出来ない。しかし数秒もすれば眩しすぎる光にも慣れるもので、表示されるよく知った名前を目に、躊躇うこともなくすぐに通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『あ、もしもし、滝真?こんな時間にごめん、今大丈夫だった?』

「ああ、大丈夫。どうしたんだ、秋」

何か、あったのか。焦りを滲んだ俺の声に気がついたのだろうか。電話口の向こう側にいる秋が笑ったような、そんな気配がして、とりあえず危惧していた何か緊急の、それもかなりやばいことが起こったわけではないようだと、今度は秋にばれないようほっと息を吐いた。

眠る雅宗を横目で確認する。変わらず寝息を立て、俺が通話をしていることになんて気がつく様子もなく安らかな眠りについたままだ。
カーテンの隙間から月明かりが入り込む窓に近づいて、静かに開き、ベランダに出た。今日はいつもより涼しい。ベランダから広がる闇、夜の静けさが酷く心地よい。ぽっかりと穴が空いたようなまんまる月の浮かぶ空をゆっくりと見上げた。

『休み明けから学校行けそうでさ。本当は驚かせてやろうか思ってたんだけど、今になって黙ってられなくなって』

電話口の向こう側の秋はどこか浮き足だった様子で言った。
そうか、秋が学校に。それから楽しそうに、主治医の先生と看護師の掛け合いの話や同じ病棟に入院する小学生の男の子の話など、入院生活の話を続ける秋に笑いながら相づちを打つ。
秋が学校に来るのはどれくらいぶりだろう。三年に上がる前に入院をしてずっとそのまま退院出来ずにいたのだから、下手したら一年近く休学していたのではないだろうか。
今年度はぎりぎり留年せずに問題なく進級出来たようだが来年度…次の四月はわからない。四月に単位数が足らない生徒対象に試験があるが、秋にとってはもう一年やり直した方がいいのかもしれない。入院続きでろくに学校に通えていなかった上に、現在生徒会補佐の役割までもがつきまとう秋。全て無かったことにして、来年からの一年だけは普通の学生としての楽しさを知ってもらいたかった。
……そして、そのために、学園を変える必要がある。それを現実に出来るのは誰でもない、現在力を持つ俺のみにしか出来ないことなのだから。


『滝真?…なんかあった?』

「…いや、なんもない」

『そっか。』

目敏くも、声のトーンを落として尋ねる秋に応える。
今の生徒会の状況を秋が知ったら。何より巻き込まれる事になると思うと、やはり秋にはまだ入院を続けてほしいと、自分勝手にもそう思ってしまう。余計なことに巻き込みたくない、何より秋の傷ついた顔なんてみたくなかった。
それでも、そうも言ってられないのが現実。なら俺に出来ることは。

『放課後、生徒会室寄るわ』

「…おう、待ってる」

秋が言うそれに対して応える俺の声は掠れてはいなかっただろうか。不自然ではなかっただろうか。秋は少しだけ沈黙すると、そういえばとまたも全然違う話をし始めた。

俺に出来ること、しなければならないこと。それは、秋を守ること他ならない。
生徒会補佐の秋と、補佐代理の響。今の生徒会で、二人の存在が重なってしまえばどうなるのかなんて予想に容易い。そして現在の必要の支持率も含めて考えれば秋の立場はなんて危ういのだろうか。きっと二人の存在は、生徒会を今以上に対立させ、混沌を深めることになるだろう。…それは、それだけは避けなければ。
脳裏に北条の顔が浮かぶ。学園改革には北条が必要だ。もちろん岩村も、戸際も。生徒会のうち一人でも欠けてしまえば、改革など不可能だろう。
それに冬には俺たち三年の任期が終わってしまう、それまでには、せめて生徒会を一つにまとめなければ。……何が、学園改革だと、そう思う。ろくにまとめあげることも出来ずに、理想だけは立派だとも。それでも俺はやらなければならない。あの時の選択が失敗だとか、逃げたいだとか、そんな弱音なんて、言ってる暇などないのだから。

電話口の向こう側の秋が何かを言って笑っている。俺もそれに合わせるよう笑う。秋はきっと何かに気が付いているだろう。それでもいい、今は束の間の安楽と、休息をただここに。
……長かった夏休み明けには、俺たち生徒会の、そして学園の、何かしらの決着がつくのだから。


EP.5 END

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