夏の終わり2



「ふぇ………」

「…ふぇ?」

「ぇ……」

「?」

「っっっぐっしょぉぉいい!!!」

ソファ上に寝転んだ姿勢…肘掛けを枕代わりにした雅宗が天井めがけて大きなくしゃみをした。異物を体外に排出せんとする運動の反動で雅宗の身体が丸まるように大きく跳ね、その振動でソファが揺れる。
隣…と言って良いかは疑問ではあったが、雅宗の寝転がるソファの空いている隙間に座り、足、しかも裸足を向けられながらも気にせずに本を読んでいた俺は、雅宗の馬鹿みたいに大げさなくしゃみに眉を顰めとうとう本から顔を上げた。

「なんだよそれ、てか口押さえろきったねえ」

「いや悪い悪い、誰か噂してんのかな……」

「夏休み中までお前の噂するようなやついるのか?」

未だに鼻がむずがゆいのだろうか、頻りに鼻をいじる雅宗に呆れて息を吐く。
雅宗はそんな俺に対して何気なく目を向けると、何を思ったのかにやりと口角を上げて笑った。

「あー、まあお前の弟とか?もう少し実家いる予定だったんだろ、俺刺されるかも」

「……」

「迎えに行ったときめっちゃこっち見てたしな、全然あり得る話だと思うんだよなあ」

雅宗は茶化すように言うけれど、実際何も笑えない。雅宗には別荘で起こった事は何も話していないけれど知ればそんな軽口を叩く余裕もなくなるだろう。脳天気な様子で欠伸を漏らす雅宗にため息を吐き、ぼんやりと昨夜のことを思い浮かべた。

昼のうちには別荘から帰宅するべく俺たちを迎えに来た私用バスに乗り込んだが帰り道、高速にて渋滞に巻き込まれたり、車内に飽きた清原が近くの牧場に寄ろうとか言い出したり、結局家に着いた頃にはもう日も沈みかけていてあたりは薄暗くなっていた。
長い時間車に揺られ、すっかり草臥れた身体を伸ばしながら晴と残りの帰路につく。石畳の上をゆっくりと並んで歩きながら他愛もない話をして、明かりの点いた玄関がまるで俺たちの帰りを待っていたかのように開く。母か父か、それとも使用人か。子供でもあるまいし、まさか待っていたというわけでもないだろう。
晴とお互いに顔を見合わせ、会話を止めてなんとなくそちらを注視していると、そこからひょっこりと顔を出したのは全く予想もしていなかった、まさかの友人の姿だったのだから目を剥く羽目になり、更に彼が何の脈略もなく、開口一番に帰るぞ!と笑顔で言うものだから、疲れも忘れてはあ??と素っ頓狂な声を出すことになったのだった。


そしてそこからの展開は早かった。どうやら急ぎの用事があるわけではないらしい雅宗に、
流石に今帰ってきたばかりなのだから少し休憩させてくれと懇願するが俺の友人の中で一番の馬鹿である雅宗はそんなことお構いなしに右から左に受け流す始末。
結局夕飯だけは実家で済ますことになり(食卓には当然のように雅宗もいた)、話もそこそこに雅宗と二人、タクシーに乗り込んだのだった。
その際に晴から何を言われた訳ではなかったが雅宗が言うにかなり鋭い目でじっと見られていたらしい。あんなことがあった後だ、その話を聞いても以前のように嘘だろと一蹴することはもう出来なかった。

そういえば。以前雅宗に晴が風紀に入った件で相談した事を思いだす。あの時、雅宗はなんと言っていたっけ。いつの日かの屋上での一時を思い浮かべて、また相談してみようか。雅宗なら俺とは違った視点で、晴の考えが少しはわかるかもしれない。天井をじいっと見つめながらも眠たそうにゆっくりと瞬きをする雅宗に目を向けて、なあ。と口を開く。雅宗は全てを見透かしたかのような目を俺に向けると、やはり眠たそうに、ん?と言って微笑んだ。

「……いや」

「なんだよ」

「…。そういえば、本当に何の用事も無く迎えに来たのか?」

言えない。相談するにしても、言葉が見つからなかったのだ。
結局逃げるように、全く違う話題を振ることしか出来なかった。
そういえば実家の場所を雅宗に教えたことあったかと今更ながら訝しく思う。雅宗はそんな俺の考えに気がついているようだが特に何を言うでもなく、やはり天井を眺めながら翳した右手を意味も無く何度かグーパーと開閉させていた。

「いや、実はな」

「……」

「死ぬほど暇で……、夏休みもあと一週間でおしまいだってのに一人きりで過ごすのも味気ないどころか悲しすぎるだろ。学生最後の夏休みだぞ、っていうか人生で最後の夏休みかもしんねえってのに……」

ペラペラと話し続ける雅宗にまあ大方そんなところだろうとは思っていたけれど、と半分は聞き流して、再度手元の本に視線を落とした。尚もしゃべり続ける雅宗。ふと、疑問に思い本に落としたばかりの視線を雅宗に向けた。

「学生最後、ってお前大学には行かないのか?」

「ん?ああ、行かねえよ。俺が行ったところでだろ」

はは、と声を出して笑う雅宗に口を噤む。そうか、雅宗はもう自分の進路を決めているんだな。漠然と、俺はこれからも雅宗とこうして並んで同じ時間を過ごせると思っていた。それだけに、もうこうする時間が残り少ない事に、言いようのない寂しさを感じて、結局自分で聞いたくせに曖昧な返事しか返すことが出来なかった。


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