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ベッドの上に横になり、両手を広げながらぼんやりとシミ一つ無い天井を眺める。加賀谷は横になる俺の隣に腰を落ち着かせてただ静かに口を噤んでいた。
雨が強くなってきたのか、窓に打つ雨音が大きく部屋に響く。こうしているとまるで世界で二人きりになってしまったようだと漠然と思って、何を感傷に浸っているのだと自嘲するように笑った。
そうしてしばらくの沈黙の後、唐突に加賀谷が口を開いたのだった。


「俺は気の利いた言葉なんて言えないが、あいつだったらなんて言うか、考えた」

唐突すぎて言っていることの意味がよくわからずに目線だけを加賀谷に向ける。加賀谷はゆっくりとこちらを振り向くと猫のように目を細めてベッドのシーツを撫でるよう、手を滑らした。体勢が傾く。

「逃げたくないって、思うんだろ。あの時俺たちが選んだこの道は不正解で失敗だったなんて思いたくないんだろ。なら逃げなければ良い、やれるところまでやってみろよ」

「……」

「振り回されるのなんてもう慣れた、今更俺たちに気を遣うなよ、……滝真」

加賀谷がそこまで言い切って、ふっと表情を和らげた。
微かに微笑むその姿にここにはいないはずの岩村の姿が重なって、息が詰まる。果たして今仲違いしたままの岩村がそんな台詞を俺に掛けてくれるかどうかはわからなかったし、自信はない。けれどあいつの言いそうな台詞ではあったし、確かに加賀谷はあいつのことを深く理解しているようで。
ふと俺の中では、この三年の間に途切れたと思っていたはずの絆がもしかしたら、まだ残っているのかもしれないという淡い期待が芽生えていた。
それは、加賀谷の中にまだ俺たちに対しての友情があるというのなら、また、昔のように戻れるのではないかという期待、他ならなかった。


「……俺も概ね同じ気持ちだ。逃げたくないのなら逃げなければ良い、逃げたいと言うのなら付き合う。選ぶのはお前だ」

「加賀谷、」

滑るようにベッドの上、俺に身体を向け横になる加賀谷、すぐ隣で視線が絡む。今まで加賀谷の考える事が、感情がわからずに、ロボットのようにさえ見えていた加賀谷が、酷く近く感じる。
ゆっくりと手を伸ばして頬に触れる加賀谷のその手は酷く優しく、そしてまるで壊れ物に触れるようで、触れられているこちらまで緊張した。
静かに、加賀谷の口が俺の名前を呼ぶように動いて、そして頬に触れていた手が撫でるようにそのまま後頭部へと回り。


「なぁにやってるの?そーま、いいんちょ」

「、!!……は、る」

いつからそこにいたのだろう。
二人しかいないと思っていた部屋、入り口の方から突如声が掛けられて大げさに肩が跳ねる。半ば反射的に身体を起き上がらせてそちらを振り返れば、そこにはただその場に立ち尽くす晴がいて、晴の後方では部屋の扉が開きっぱなしになっていた。入ってきてすぐに声を掛けたわけではないのか、晴の瞳は据わっているようにも見える。なぜかじわりと汗が浮かんだ。

「バス、来たってさ。もう皆待ってるよ」

「あ……ああ、そうか。いま、いく」

「うん、加賀谷さんは準備終わってる?」

「ああ」

晴の突然の登場に加賀谷も少なからず驚いたようで、その表情は先ほどまでの柔らかなものから一変して強張っている。
身体を起き上がらせる加賀谷は何か思いついたように俺に目を向けると、少しだけ声のトーンを低くして言った。


「……浅葱、今度また話がある。生徒会と風紀の今後の関係における話だ、また時間があるときゆっくり話がしたい」

「……わかった」

加賀谷は小さく頷くとベッドから立ち上がってそのまま部屋を出て行った。
「滝真も。はやくね」笑顔を浮かべて言う晴も、加賀谷の後を追うように部屋から出て行く。
一人きりになった部屋で大きく息を吐き出した。いろいろ考えたい事があったが、今は皆を待たせている。また家に帰ったらゆっくり考えよう。
それに、加賀谷の言っていた生徒会と風紀の今後の話、というのもどうも気に掛かった。加賀谷には何か考えがあるのだろうか。
未だに熱を持つ、触れられていた部分を自身の手で覆う。今は余計なことを考えている暇は、ない。窓の外、雨が強く降りしきってる様子に目を向けて、これで今年の夏はおしまいかと、例年よりも濃かったこの夏を振り返って、小さく息を吐き出したのだった。



部屋を出てすぐ。扉を後ろ手で閉め、立ち止まった晴が表情を無くしてただ自室に戻っていく加賀谷の背を見つめている事を、自分のことでいっぱいだった俺は、知る由もなかった。


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