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「今からでも、逃げるか。一緒に」
膝を折って、座り込む俺に目線を合わせる加賀谷は、ただ静かに答えを待っていた。
もしこれがただ単に困らせたくってした質問ならば、それは大成功だと言ってやりたい。けれど加賀谷は別に俺を困らせたいわけでも、からかっているわけでもなく、ただ本気で一緒に逃げるかと提案しているにすぎないのだ。
逃げたいと口にしたその言葉には嘘も誇張も何もなかった。
一人では逃げられないと諦めていた道でも、二人なら。加賀谷とならば、全てを投げ出せるだろうか。
その道を、選ぶ勇気は沸いて出てくるのだろうか。
加賀谷が俺の迷いを後押しするよう、手を差し出した。
その手のひらを見つめる。白くて、細くて、大きい、加賀谷の手だ。よく知った、友人の手。
加賀谷となら、どこまででも行けるような、そんな輪郭のない酷くあやふやな自信が胸に灯る。差し出された手の平に、ゆっくりと、自身の手を…。
「あーっ!!こんなところにいたぁ、ほんっと、はぐれるのが得意だよね二人とも!!」
「影也さん!ご無事で何よりです!…と、浅葱滝真も」
「…聖希、空」
「……フルネーム?」
騒々しく現れた二人に、出しかけた手を引っ込めた。
珍しく怒った様子で頬を膨らませる清原と、その後ろで大量の袋を抱えた植木の二人の様子に呆れる。っていうかなんだあの大量の袋は。何を買ったらあんなに荷物がいっぱいになるというのか。
大股でこちらまで詰め寄るように歩いてきた清原は人差し指を勢いよくこちらへ向けるとまるで説教するようにあのねえ、と語気を荒くした。
「勘弁してよね、せっかくのお祭りなのにはぐれっぱなしじゃつまんねーよ」
「影也さん、たこ焼きと焼きそばと焼きトウモロコシとチョコバナナ買ってきました!飲み物もお茶と炭酸水とジュースありますけど、どれにしますか?」
「…お茶」
「俺もお茶で」
「うるせえ!お前は炭酸水でも飲んでろ!」
「あ、ああ。ありがとう」
なんだ珍しい。てっきりお前にやる飲み物はねえとでも言われるかと思っていたが、予想にしていなかった返しに困惑する。半ば投げつけるみたいにして寄越してきた炭酸水を受け取って礼を述べれば植木は顔を顰めるだけで何も答えなかった。
その様子に不気味な何かを感じるが、それもすぐに遠くから聞こえてきた呼び声に意識は移ったのだった。
「あっ、晴くんと親衛隊長だ。二人セットで珍しいね」
「ああ、よかった。ちゃんと戻ってこれたみたいで」
「ごっめーん、いろいろ買ってたら遅くなっちゃった」
「皆さん合流できたんですね、よかったです」
上機嫌な二人の様子に、どうやら何事もなく二人で買い出しに行けたみたいだと内心ほっとする。
未だに晴を見るとどんな顔をしたらいいのかわからなくなるけれど、これも次第に落ち着いてくるだろう。今はまだ動揺しているだけで、一晩寝ればまた元通りのはずだと小さく口を結んだ。
「いや、っていうかどう見たって食べ物の量多くない…?全部で何人分あるわけ?」
「えーいいじゃん皆でパーティしよ!」
「パーティってなんだよ、馬鹿かお前」
「お口が悪い子には熱々たこ焼きの刑でーすはいあーん」
「馬鹿やめろ馬鹿」
「影也、数量限定の冷やしキュウリ食うー?」
「ああ。もらっとく」
「早い者勝ちだもんねーふふん」
「楽しいですか、会長」
隣に立つ赤城が、はしゃぐ風紀委員達の姿を眺めながら尋ねてきた。
横目で赤城を見て、すぐに俺も視線を奴らに戻す。彼らの楽しそうな姿に、生徒会のメンバー達の姿がダブって、消えて、まるで胸の中心にポッカリ穴が開いたように、隙間風が吹く。
「……ああ。楽しいよ」
全て理解して、ただ寄り添うように。
俺の返答に、赤城はただ静かに微笑んだだけだった。
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