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確かに赤城の言うとおり、滝真の周りには胸の内に人に言えない秘密や闇を抱えた者ばかりで信用できる人間なんてほぼいない。だからこそ、俺は、俺だけは滝真の味方でいて、そして滝真を傷つけようとするもの全てを排除する事を心の決めたというのに。
何も知らないくせに、好き勝手言いやがって。もうやめだ、なぜだか知らないけれど赤城は俺が声のみを記録する媒体しか持っていないことを把握している。それは今までの赤城の様子を見る限り確実だろう、そうでもなければここまではっきりと互いに敵意を認識しているのにも関わらず、一向に牙を剥かない理由が見あたらない。
それに非常に不服だけれど、赤城をうまいこと貶める術はこれ以上思いつかなかった。赤城を暴く前に俺の触れてほしくない部分まで暴かれてしまえばそれは本末転倒も甚だしい。
もはや半ばやけくそだった。ポケットの中のボイスレコーダーの電源を切って、そして次の瞬間には、赤城の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
眼前の赤城は眉間に皺を寄せ、赤城の胸ぐらを掴む俺の腕を強く、加減も知らずに握る。その瞳には先ほど一瞬にして消えたかと思えた強い敵意が確かに宿っていて、やはりこっちが本当の顔かとその変わりように嘲るよう鼻で笑った。
「猫被りもここまで来ると最早二重人格だな、感心するよ」
「ボイスレコ−ダーはおしまいか?いい証言は取れたのか?」
「黙れよ。自分だけが滝真の味方で全てを理解してるとでもいいたいわけ?調子乗るなよ、お前に滝真を理解する事は不可能だよ」
挑発するよう鼻で笑う赤城に対して、あくまで余裕を崩したくない俺は笑みを浮かべながら言う。
本当、滝真って厄介なやつばかりに好かれる。この二重人格ストーカー男が。顔面には笑みを浮かべるも、内心今にも溢れそうな怒りでいっぱいなのは赤城にはお見通しなのだろうか。
赤城は俺の言うことに対して鼻で笑い飛ばすと、俺の腕を捻り上げるようにして、掴んでいた胸ぐらから半ば強制的に手を外させた。曲げてはいけない方向に捻られた手首に激痛が走りつい顔を顰めるけれど、赤城はお構いなしにその手を捻り上げたまま外そうとはしなかった。
「風紀に所属していながらも“反生徒会組織”に本籍を置くお前が、滝真の味方だ?てめえ、寝言は寝て言えよ…。帰宅部のお前が、二度とあいつの前で体のいい弟面するんじゃねえ、消えろ」
赤城がそう吐き捨てるように言った瞬間、怒りで支配されていたはずの頭が、まるで霧が晴れるように一瞬にして冴え渡る。
今まで、なんてくだらないことでこの男を相手にしていたんだろう。自分が馬鹿みたいだ。
明瞭化していく頭の中ではもう赤城を相手にする気にもならなかったが、痛い事に変わりはない。
距離をとり、あわよくば一発くらい入れて悶絶する姿を嘲笑してやりたい。そんな思いで、手首を捻り上げたままでいる赤城の腹部を目掛けて膝蹴りを打ち込んだ。
しかしその蹴りは狙いには命中しなかった。赤城は目敏くも腕でガードをして、間合いをとる。ようやく赤城の手が外れたが、痛みが残った手首を支えて、到底優等生には思えない目の前の男を観察するようにじっと見つめた。
そうか、この男。どんな手を使ったか知らないけれど、そんなことまで知ったのか。
赤城は尚も俺から視線を外すことなく間合いをとりつつも、今にも噛みついてきそうな勢いできつく睨み付けていた。
その様子にため息を吐く。どうやら少し、この男のことを甘く見ていたようだ。それなりに親衛隊長として働いているといったところか、これは厄介なことになりそうだと騒がしい屋台の方へ視線を移した。
「滝真が心配だ、戻ろうか赤城先輩」
「話は終わってねえ、これ以上あいつに関わるなって言ってるんだ。逃げるつもりか」
「……はー、うっせえなあ。赤城先輩頭いいんだろ?少し頭働かせてくれるかな。俺が帰宅部で滝真の敵だって、今の滝真が知ったらどんな風になってしまうんだろう。生徒会もめちゃめちゃな今の状況で、あんたは更に滝真のこと追い込むの?鬼畜だねえ」
「……」
「お前が何か行動に出たとして、それを俺が黙って見ているだけだと思う?ここは頭使おうよ、赤城先輩」
お互い滝真を一番に思っていることは確かなんだから、その点においては信頼できるだろ。
俺の台詞に赤城は黙り込む。何か考えるような険しい顔つきに、追い討ちをかけるようもう一度深く息を吐いた。
「……戻ろう。滝真が心配だ」
赤城は何も答えなかった。
けれど歩き始めた俺に続くよう、ゆっくりと踵を返して歩き始めるその姿に、やっぱ馬鹿じゃないなと、一人小さく笑うのだった。
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