38




side change


目の前の男から発せられた地を這うような声に、思わず浮かべていた笑みを引っ込めた。
赤城夾の瞳に鋭さが増して鈍く輝く。突き刺すようなその視線のせいだろうか、空気が張り詰めて、先ほどまでとは比べものにならないくらいの緊張感に一瞬眉を顰めるけれど、このままただ圧倒されるばかりでいればきっと俺にとって不利な方へと進むに違いない。赤城の変貌と殺気さえ混じっていそうなその気配に、それ以上深くは気がつかない振りをして、風に靡いた前髪をかき分けた。

全く、笑わせてくれる。今までの赤城の振る舞いを思い起こして、もはや別人と言われてもおかしくないくらいのその変わりように正直言って舌を巻く思いだった。ここまで徹底してその凶悪面を優等生の影に仕舞い込むことができる人間なんてのはそうそういない。滝真の親衛隊のトップがただの“親衛隊長”ではないだろうとは前々から思ってはいたが、まさかこんなものが出てくるとは。耐えきれずに喉で笑えば、対面の厳しい顔をした赤城は更に圧をかけるように距離を詰めた。これが優しく正しくそして清いと称される、生徒会長親衛隊隊長赤城夾か。聞いて呆れる…どころか、彼を慕う者が知れば泣いてしまうだろうに。
優等生の面影などどこにもない。まるでチンピラか悪党のように眉間に深い皺を刻み、目尻を上げるその様子に苦笑した。

「てめえ、なんて。赤城先輩いきなりどうしたんですか、怖いです、俺、怒らせるような事、言ってしまいましたか…?」

「黙れ」

「……そんな、黙れなんて…」

そうやってさも困惑しているかのように眉を寄せて怖ず怖ずと言う俺のその様子は赤城からしてみれば挑発以外の何物でもなかっただろう。
わざと神経を逆撫でしているようなものだ。胸ぐらを掴まれ唾を吐かれるくらいの蛮行は甘んじて受け入れようと思っていただけに、それ以上何も言わずに黙り込んでしまった赤城に対して、不審に思って眉を顰めることになったのは少々想定外だと言えるだろう。
赤城はただ俺を真正面から見つめるのみで何も口にはしない。その表情は先ほどまでの険しいものから一転してまるで何かつまらないものを眺めるような、観察するようなものに変わっていた。俺からしてみれば全然面白くない、顔を歪めるけれど赤城はそんな俺の様子さえもただ見つめるのみだった。

“てめえ”に“黙れ”か。
ここまでに取れた言質は実に頼りのないものだった。ポケットに忍びこませたボイスレコーダーが静かに聞き耳を立てて相手の粗を探している中で俺は小さく息を吐いた。
これでは到底足りない、赤城夾を親衛隊長の座から引きずり下ろすための材料は。先ほど彼を豹変させた台詞と同じくらい強烈なものを、もう一度たたき込んでやる。

そうして、彼にはもう一押し必要だと判断した俺は、息を吸い込んで不敵な笑みを浮かべて見せた。


59/70
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -