37






明らかに浅葱晴の様子はおかしかった。普段のようにまるで取ってつけたような無邪気で取り繕おうともせず、かといって全くの無反応不愛想というわけでもない。
瞳孔は開いて額には汗が浮かんでいる、そして頬が蒸気しているのを見る限り、やや興奮状態にあるのは間違いなかった。暑さにやられたわけでもないだろう、否もしかしたら暑さも関係あるのかもしれないが、それがあるとすれば想像するにーーそれはきっと、晴のこの異様な様相を作り出した時点に起因している。
俺がいない間に二人に何かがあったのは、もはや疑いようがなかった。


「晴くん。滝真様…いや、滝真の様子がおかしかったの、気が付いた?」

無意識が人混みを避けているのだろうか。自然と人ごみを逸れ、人気の少ない道を二人並んで行く。
もうこの男の前で、人畜無害、ただの親衛隊隊長の仮面を被り続けるメリットも必要性も皆無だろう。唯一利点があるとすれば、それは俺にとってでは無く晴にとって、本来自分の邪魔になるような人間が、大人しく殻にこもったまま様子を伺っているだけというように、それはこの上なくラッキーな事態であるという事くらいか。
どっちにしろ、この厄介な弟を潰すのであれば今しかない。多少、自分の本当の顔を晒すことになろうともこの化物の本性を暴けるのであればそれは痛くも痒くもない。肉を切らせて骨を断つということわざがあるが、正にそれが真であると思う。

「……そうかなあ、赤城先輩はおかしいと思った?」

瞳を細める晴は明らかに俺の様子が変わったことに気が付いている。けれど何を指摘するでもなくただ子供のように小首を傾げて、無関心・無知を装い、買ったばかりのたこ焼きを口に放り込んだ。
俺は様子を伺うように、ベタりと顔面にさも心配そうな表情を貼り付けて、声を震わす。晴に些細でもいい、荒さえ見えればすぐに暴いてやるつもりだった。


「顔が青ざめていて、少し緊張していたと思う。やっぱり体調が優れなかったのか、それとも、何かとても嫌なことがあったか……」

「赤城先輩さあ、滝真のこと好きなの?」

晴が俺の白々しく作り物めいた台詞を何の躊躇いもなく遮った。

「……もちろん。好きでなければ親衛隊長になんてなっていませんよ」

あくまで冷静を装う。狼狽でもしたらすぐ様、付け入れられる確信があったからだった。
しかし晴は、そんなに容易な相手ではなかった。

眉を寄せて口角を上げる、おかしくて堪らないと言うような表情をした晴は唐突に、持っていた爪楊枝を突き刺すように顔前に向けた。数センチのところで切っ先がこちらを向く、俺は反射的に爪楊枝を向ける晴の手首を掴んでいた。
暑さとはまた別の、張り付くような嫌な汗が浮かんだ。

「反応はっやいねー、流石やんちゃしてただけある」

「は…危ないから先を人に向けるな……って、教わりませんでした?」

晴は俺の引きつる笑みさえもおかしいようで声を上げて笑った。カンに触るその声が耳に響いて煩い、こんな事なら一生、あの胡散臭い無邪気もどきできればよかったのに。
一通り笑い転げ最後に落ち着かせるよう深呼吸を一度した晴は、さっきまでの爆笑なんてまるで嘘か夢のように表情をなくした。
能面のようなその顔面に息を飲む、晴は俺のそんな様子も気にも留めずに口元だけに笑みを浮かべて、挑発するよう言ったのだった。

「嘘ばっか。全然笑えてないよ、赤城先輩」

「……嘘なんて言ってないよ、俺は滝真を、」

「親衛隊長になってから好きになったんだろ?滝真のこと」

皮肉だよな。
そう言って、馬鹿にするように、晴が笑った。


「……てめぇ」


自分でも想像していなかったほど、空気を裂くような深く、低い声が漏れた。
ああ、やってしまった。あくまで俺は冷静に、そして巧みに煽り相手だけの裏の顔を暴いてやろうとしていたのに。これでは相手の思うつぼだとわかってはいるのに、自身の内側で急激に燃え上がる炎は抑えられない。何よりも自分でさえ押さえつけ、気が付かないよう、知らないふり続けて自分の胸の奥深くに仕舞い込んでいた感情を、赤の他人であるこの男にいとも簡単に暴かれた事が耐えられなかったのだ。


.

58/70
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -