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浅葱滝真という男は俄かに信じられないほどに、常人とはおよそかけ離れた変わった人間…然も同性ばかりを惹きつけるという奇妙な才能を持っていた。

異常なほどの執着を見せる同級生に、友人という建前をいっぱいに利用し本人の見えないところでは非情なまでに破滅に追い詰めんとする自称友人。それから愛憎が極まった後輩ズか。例によって俺という異質な存在も漏れはしない。
しかし今着目するべきはそこではない。極めつけは歪んだ愛情を持つ、血の繋がった実の弟ときた。その重さは計り知れないが、彼の滝真を見つめるその瞳は暗くて深い闇がどこまでも続くようだった。
ここまで揃ってしまえば非常に残念だけれども、もうあの男に、普通の娘と恋愛をし生涯を共にするという未来はありえないだろう。俺が見る限り誰も、彼を逃そうという甘い考えは持ってはいなさそうだった。


「赤城先輩、やっぱすごく探しましたよね俺たちの事。ごめんなさい、滝真も俺も、部屋に携帯忘れたみたいで」

「ああ、いえ。お二人に怪我など無くて安心いたしました」

「あ。ほら、また敬語」

「あ…申し訳…いえ、ごめん。気を付けるよ」

「いーえ!赤城先輩、もともとは植木みたいな家とは違って敬語使われるような立場だったんでしょ、楽にしてください」

一体いつの間にうちの情報なんて調べたのだろう。近しい者以外には意図的に秘密にしていた家の情報を、さも当然と言わんばかりに口にする晴の台詞に笑顔を浮かべたまま押し黙る。
晴の笑って言うその様子は一見無邪気そのものだけれども、言葉の裏にある棘に一度気が付いてしまえばそんな能天気なことは言っていられない。晴のその一つ一つの言葉選びにさえ、すべてに悪意に満ちているようにしか思えないし、実際晴は顔には笑みを浮かべ好意的な態度を取りながらもその両手にはナイフを持ち、真っすぐ俺に見えるように向けているようなものだろう。隠すつもりなんて初めから微塵だってない。晴は俺を敵とみなして、それを隠そうともせず前面に宣戦布告をしているのだ。


「滝真にも買って行ってあげよ」

たこ焼きの看板が立った屋台の暖簾を潜り、丸坊主にした如何にもな風貌をした店主に八つ入りの表示を指さす。
ここにはいないはずの兄を想って頬を緩める晴の横顔を横目で見て、俺は無意識のうちに強烈な吐き気にも近い嫌悪を覚えた。
もと、浅葱晴は、兄の事を何と呼んでいた?…物の数分前まで、兄貴と、そう呼んでいただろう。なのに、なんだこの変わりようは。晴の、兄の名前を呼ぶその声は慈愛に満ち、兄を想うその瞳は誰が見ても恋人思うそれに違いなく、まさか実の兄を想っているとは到底思いつかないだろう。思うはずがない。…前々から勘付いてはいたことだけれど、改めて、いやそれ以上に、こいつは、頭がおかしい。一体どんな幼少期を過ごせば、血のつながった兄弟に対してこんな強烈な感情を抱くことができるというのだ。

予想を遥かに超えるこの男の滝真に対しての気持ちの重さに、得体の知れない化け物を前にしたように、俺はもう何も言えやしなかった。
ただ自分を守るためだけに、鎧となる作り物の笑みを浮かべるだけ。晴はそんな俺に一度だけ、ただ目にしたものを反射するだけのガラス玉のような瞳を向けると、ゆっくりと口角を上げ、すぐに興味を失くしたように視線を外したのだった。


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