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遠くから駆け寄ってくるその男に目を奪われる。
晴はおもむろにそちらに顔を向け、その人物を見止めるとつまらなそうに息を吐き出した。
晴の初めて見るその様子ににわかに信じられず唾を飲み込んだ。こんな晴、俺は知らない。晴のすべてを知っていると思っていた。晴の事ならなんでも分かった気でいたのに、それは全て俺の思い上がりで、間違いだった。晴は俺の知らない、知る術のない胸の奥深くにとてつもない闇を抱えていたのだ。そして、それはきっと離れていた数年の間に大きく育ち、どうしようもないほど、自分でも制御しきれないほど暗く濁ったものになって。
知らない弟の顔に震慄する。晴はそんな俺に冷めた目を向けると、掴んでいた俺の腕から手を放してその場で立ち上がった。
そしてまるで何もなかったかのように、能面のように表情を失くしていたはずの顔に笑顔を浮かべる。その男に大きく手を振りだした。
「おーい、こっちこっち!よかった!探してたんですよ、赤城先輩!」
そこにいたのは紛れもなく、いつも通りの変わりのない晴だった。
「っ、は、こんなとこに、いらっしゃったんですね……ほんっと、っ」
駆け寄ってきた赤城は、肩で息をしながらも強張った笑顔を浮かべ、目だけは俺をにらんだ。きっと人ごみの中必死に探し回ったのだろう。赤城が怒るのは尤もだし、再会した時には一番に謝ろうと思っていたはずだったのに、考えていた台詞は何一つとして出てこない。ただ晴の一連の様子に背筋が凍り、碌に頭が回らなかったのだ。今起こったことすべてが夢だったのだろうか。俺の勘違い?…いやそんなはずはない。掴まれていたはずの腕は離された今も尚、確かに熱を持ち疼痛が残っているのだから。
「?…滝真?」
「赤城先輩、突然呼び捨てなんてまるで違う人みたいですね。二人の時はそんな感じなんですか?」
心配するよう、俺の名前を呼ぶ赤城に対して晴が口元に笑みを浮かべながら目敏く言う。俺の思い込みだろうか、その目は決して笑ってなどいない。
赤城は額に浮かんだ汗を拭って取り繕うように笑った。
「…ああ、いえ。滝真様の顔色が優れないようなので動揺してしまいまして。大丈夫ですか?やはり昼間無理をしすぎたせいで……」
「いや、立ち眩みだ。悪かったな赤城、勝手に動いて」
「……いえ、ならいいのです。風紀の皆様ももうこちらに到着しているようです、合流しましょう」
赤城が晴を一瞥する。晴は笑みを浮かべて、赤城をじっと見つめる。
なんだか、疲れてしまった。気力が沸かない俺はただ黙って、二人の間をすり抜け人ごみの方へと向かってゆっくりと歩き始めた。
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