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「兄貴!赤城さん!はやく!」

前を歩く晴が振り返りながら俺と赤城を呼ぶ。
日は沈み辺りはすっかり暗くなってきていて、それに伴って日中の咽借る様な暑さも今は夜のひんやりとした空気に代わり、撫ぜるような風が心地よく感じた。
別荘から30分ほど歩いただろうか。街灯の照らす小道の先には一際明るく輝く商店街が見えてきて、喧騒が近くなるにつれて晴のテンションも高まっていく。俺はというと寝起きの未だにぼんやりした頭であくびを噛み殺すので精一杯だったのだが。


「随分とお疲れのようですね」

「誰のせいだと思ってるんだか」

「そんなに怖い顔をしていると風紀委員長みたいになってしまいますよ」

「だーれーのせいだと思ってんだ」

前を向いて、こっえー顔。そう呟くように言って笑った赤城を俺は見逃さない。
結局昼飯を食べ終え別荘に戻った後、性懲りもなく海に誘ってくる晴を振り切った俺は自室に籠って物の数十分ほど前まで爆睡していたのだけれど、よくよく考えてみればこっちにきてから寝てばっかりいるような気がするな。少し寝すぎたみたいで凝り固まった体が重だるい。日中ずっと密閉された蒸し風呂のような、つまるところ地獄のような場所にいたせいで少し熱中症っぽくなっているのだろうか、身体が水分を欲している。喉がからからに乾いていることに今さらながら気が付いて、どこかに自動販売機はないかと辺りを見渡した。

「何かお探しですか?」

「ああ、飲み物が欲しい。自販機か何かないかと思って」

「屋台の方にあるんじゃねえの、見てきますよ」

「……」

よっぽど怪訝な顔をしていたのだろう。俺を振り返る赤城は引きつった笑みでなにか?と尋ねた。


「いや…やけに素直というか、従順というか」

「俺だって素直に感謝する時はすんだよ。ったく、熱中症みたいな顔しやがって。適当に座っとけ馬鹿」

「馬鹿って…おい、」

俺を置いてさっさと先に行ってしまう赤城の後姿に息を吐く。照れ隠しにしたって一言余計なんだよ、不器用か。
少し先の方で晴に追いついた赤城が何やら話をしている。そうしてそのまま屋台の方へ向かって行ってしまった赤城、それとは逆にこちらへ戻ってきた晴は楽しそうに笑っていた。

「兄貴、赤城さんぱしってんの?人使いあっれー」

「あいつ……」

「飲み物と焼きそば買ってくるって。どうする、座って待ってる?」

「……いや、ちょっと見て回るか」

歩いていれば赤城にも追いつくだろ。今はもう人ごみに紛れて見えなくなってしまった赤城の姿に息を吐く。
それに何より、あんなにはしゃいでいた晴に待てなんて俺の口からは言えなかった。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、晴は微笑む。


「少し見たら適当に座ろ、腹減ったし」

「ん、ああ。そうするか」

「うん、はい」

そう言って、晴は手を差し出した。
何度か瞬きを繰り返し、そこで漸く晴の意図に気が付いて思わず空笑いを溢す。
いや、いやいや。流石に、いくらなんでもそれは…。

「男子高校生が手つなぐって、」

「ほおら、うっさい」

弟が逸れないよう手を繋いで離さないのは、兄の役目でしょ?
俺の手を取って繋いだ晴はいたずらっ子のように笑った。晴の後ろで光る提灯の明かりや喧騒がずうっと昔のことを思い出させる。うちの近所の神社で毎年夏に開かれる小さな祭り。逸れないよう、晴の小さな手を決して離さなかったあの頃。


「ん。じゃ、行こ」

昔とは違う、大きくて、ごつごつした手。もう立派な男の手だ。
晴は繋がれた手に一度視線を落とすと、そのまま前を向いて歩みを再開させた。
晴の隣を同じ歩幅で歩く。茶化すとか、はしゃぐとか、何か言えばいいのに、黙りこくった晴もまた、昔のことを思い出しているのだろうか。
触れた手が熱を持つ、手をつないだ相手はよく知っている弟のはずなのに、まるで知らない誰かのようだと、一瞬思ってしまったのは晴には秘密だ。

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