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「加賀谷、」

その男の名前を呼ぶ。
なぜここにいるのか、いったい何の用があって俺たちを探していたのか。そして、いつからそこにいたのか。額に浮かんだ大粒の汗が、顎を伝い芝生の上に落ちていく。

金色の髪と青い瞳という浮世離れした容姿を持つ、響巡流という男の登場によって生徒会はバラバラになったと、そう言いきってしまうのは些か、決めつけが過ぎるのではないか。しかしそう言うのであれば響が原因ではないと言い切れるのか。そのように聞かれたのなら、きっとそれは、彼が原因の一つでもあると、そう言わざるを得ないだろう。
今まで上手いこと噛み合っていた歯車が、彼の転入によって何故だかわからないけれど、確かに全てが噛み合わなくなってしまったのだから。

そして例えばそれが全て偶然などではなく、誰かの故意だとしたら。誰か――それが、善意でも、悪意でも、例えどちらでも響自身のものだったならまだわかりやすくていい。しかしそれが響によるものでもなく、そしてただの偶然の重なりでもなかったとして、響の行動には見えない何か――例えば、帰宅部や風紀委員の思惑が絡んでいたのだとして、そして生徒会がバラバラになったのが全部、その見えない何かの思惑通りだったとしたら。

温かい風が吹き抜ける。対峙する加賀谷の瞳が暗く濁った様に見えたのは、ただの気のせいだろうか。

「…お前は、どうしてここにいるんだよ」

疲れているせいだろうか。緊張と動揺が隠しきれずに不自然に声が震えた。
加賀谷は馬鹿じゃない。俺の様子がおかしいことにもきっと気が付くだろう。しまった、と思わず顔を顰めると、加賀谷は怪訝そうな顔をしてから、そして小さなため息を漏らした。

「荒木さんに、お前たちならここにいると聞いた。長時間姿を消すなら使用人だけじゃなくて他の誰かにも声をかけてから出掛けろ」

加賀谷の台詞に首を捻る。荒木さんが俺たちの居場所を知っていた?赤城が出掛けてくると伝えたのだろうか、怪訝に思って赤城を振り返ると「荒木さんには昨日の内に伝えておきましたから。ご迷惑をおかけいたしました」そうやって申し訳なさそうに言って加賀谷に対して深く頭を下げた。
小学生でもあるまいし、誰か一人にでも行き先を伝えてあるのならそれで十分だろうに。
頭を下げる赤城を一瞥して、興味を失ったようにすぐに視線を外す加賀谷に思わずむっとする。そんな態度はないだろう、まるで使用人か何かに対するようなその態度に反感を覚えるが赤城も特に気にした様子もなくいつもの調子でいる。まあ、赤城も加賀谷もそういうやつだよな、もやの残るような感覚に小さなため息をついて、それで?と話の続きを促した。

「昼食の時間だ。叔母がいらした」

「叔母?それはお前の…」

「聖希の母だ」

表に車を待たせている。急げ。
そう言って踵を返して歩き出す加賀谷。その歩くスピードは速く、俺たちを置いていかんとばかりの速さに、慌てて加賀谷を呼び止めた。

「待てよ、おい。百歩譲っていきなり昼食の場を共にするってことに文句言わないでおいても、風呂も入らずにお前の叔母に会えって?せめて身支度の時間くらい寄越すのが礼儀なんじゃないのか」
「……まあ、それもそうだな。一度別荘まで戻る。30分で用意しろ」

こんな風に立ち止まって話をしている時間も惜しいというような加賀谷の様子に眉を顰める。第一、話が急すぎる。なんなんだよ叔母が来たって、

「車待たせてるって、会長さんが今帰りの車手配して、」
「その件に関しては先ほどインターフォンで必要ないと伝えてある」

加賀谷は顎で平屋の方を指した。つられてそちらへ目を向けると、まさに今、会長さんが片手に何かを抱えながら、大きく手を振ってこちらへ向かって来る途中で。俺たちの目の前まで距離を縮めた会長はその元から開いているのか開いていないのかわからない瞳を更に細めて、深く頭を下げた。

「車は必要ないとお伺いしました。本当に良くして頂きましたのに、碌なお礼も出来ずに申し訳ありません」

せめてこちらを。先ほど若いもんに買わせてきましたがお口に合うかどうか…。そう言って差し出すのは俺でさえ知るほどの、冷菓の、名家の紙袋だった。
昼飯前とはいえ体力は限界が近い。それに清原の母とはいえ加賀谷のこの畏まり様を見る限り、昼食もそう美味しく食べれないような気もする。ならばせめて、会長のご好意をありがたく受け取っておくべきか。
加賀谷の急かすような視線にため息を吐きたいのを我慢して飲み込むと、代わりとばかりありがとう、と礼を述べる。そんな俺の様子を横目で伺っていた赤城は人の良い笑みを浮かべると、俺よりも一歩前に出て、会長より差し出された紙袋を受け取ったのだった。


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