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それからいくらか時間が経った頃、あんなにガラクタで溢れかえっていた蔵の中も漸く片付き大きなゴミ袋は計7つ。そしてゴミ袋に入りきらない粗大ごみがわんさかと蔵の外に積み重ねられていた。これだけやれば文句はないだろう、疲れと達成感で赤城と二人して地面にそのまま座り込む。正直もう体力の限界だった、体力の有り余る男子高校生と言えども普段は部屋の中にこもって書類整理などの事務仕事ばかりだ。爺さんもよくこんな無理難題を俺と赤城二人に押し付けようとしたよ。疲労で動けないでいると不意に爺さんがどこから現れたのか、ひょっこりと顔を出し蔵の中を見渡して感嘆の声を上げた。

「これはこれは……本当に、ご苦労様でした。こんなに綺麗にしていただいて……」

「あ、ああ……いえ、いいんです。満足していただけてよかったです」

「ああ、どうぞお飲みになってください」

そう言って爺さんが差し出すスポーツ飲料を礼と共に受け取りそのまま呷る。
良く冷えたそれはするすると喉を通り抜けていき乾いた喉を潤す。全身に染みわたるミネラルに大きく息を吐いた。

「本当にありがとうございます。よろしければお昼はうちで食べていきませんか?」

「お昼……ああ、もうそんな時間か…どうする赤城?お邪魔したいが多分別荘の方で用意してるよな」

「ええ、そうですね……荒木さんには何も連絡していませんからきっと無駄にしてしまいますし、今回は遠慮させていただきましょうか。お気持ちだけ、ありがとうございます」

「ああ、いえいえ。こちらこそ何もお礼できずに申し訳ない。この御恩は必ずお返しさせていただきますので。さて、今車の方の手配をします、別荘までお送り致しますよ」

後の片づけはこちらで済ませますので、しばしここでお待ちください。爺さんはそう言って、足早に蔵を去っていった。まあ、それもそうだろう、蒸し暑い上にカビの匂いと埃が酷い、こんな場所は一刻も早く出たいに決まっている。疲労で動けないでいる赤城にわかるが、とりあえず外に出るぞ。と目配せしてゆっくりと立ち上がる。一気に半分以上飲み干したスポーツドリンクが少しだけ体力を回復させたようで、疲れ切った身体も先ほどよりはいくらかましに思えた。


「あー…終わった……お疲れ、ありがとうございます…」

「ああ、本当に。もうだめだ、今日は別荘戻ったら風呂入って飯食って部屋戻って寝る」

「同感。こんなきっつい事やらされるなんて知らなかった、甘く見てたわ……」

お前が自分から申し出たんだろ、と思うが口にはしない。なんていうかそんな事を言う元気も余裕もなかったのだ。
二人して重たい足取りで蔵を出て、すぐ近くの木陰まで行き腰を下ろす。やばい、これはやばい。昨日以上の疲労だ。腹も減ったし、もう限界だ。爺さんの送りの車が来るまでどれくらいかかるかわからなかったけれど、隣で耐え切れずに地面、芝生の上に寝転ぶ赤城に、気持ちはわかるがそれにしたって気品のかけらもねえな、とぼやいた。


「そういえばさあ、お前の弟」

「…ん?晴の事か?」

「そうそう。めちゃくちゃ可愛がってるからどんなもんかと思ったけど、あれはとんだ狼だね。お前がそういう奴を引き寄せるのか、それとも偶然かしらないけどさ、少しは俺の身にもなってほしいよ」

いつか俺刺されそうだし、そう続けて言う赤城にこいつは一体何を言っているのかと怪訝な顔で赤城をじっと見つめる。
俺の視線に気が付いた赤城は寝転がったまま、何その顔、話聞いてんの?と首を傾げた。

「いや。狼ってなんだよ」

「……うわあ…。まじかよ、お前あんだけ近くにいてなんも気が付かないわけ?」

「は?晴の話だよな?あれのどこが狼なんだよ、どっちかっていうと犬だろ」

真面目な顔で言う俺に対して非常に呆れたような顔で、ドン引きするようにため息を吐く赤城。いやいや、今朝だってお前ら二人で仲良さげに話してただろ。なんでそれがいきなり狼だとか刺されるだとかそう言う話になるのか。本気で赤城の言っている意味がわからず、更に理解しやすいよう説明を求めようとするが赤城はこれ以上その話をするつもりはないようで、もういいもういい。と前のめりになる俺を手で制した。

「…なんだよ」

「はいはい。それでもいいけど、お前さ、もう少し全体的に危機感持っておいた方がいんじゃない?多分いまの学園、お前が考えてる何倍もややこしい事になってるぞ」

浅葱晴もそのうちのひとつ。赤城はぼんやりと空を眺めながら言った。

「待てよ。お前なんか知ってるのか?勿体つけてないで言えよ、なんだよややこしい事って」

赤城は横目で俺を見た。生温い風が吹き、木々が揺れる。赤城は、何を知っているんだ。俺の知らない何を掴んでいる。汗が張り付く、遠くの方でずっと鳴いていたセミが、不意に鳴き止んだ。

「……反生徒会組織。お前や生徒会の連中が考えているよりずっと厄介だし、確証はないけれど多分、割と近いところまで迫ってきてる。ここ最近生徒会がうまく回っていないのも、もしかしたらそいつらのせいだっていう事もありえるんじゃないか」

「…帰宅部の連中の事か。それって、お前、もしかして……」

上手くいかなくなったのはいつからだった。思い返して、浮かんできたある一つの可能性にいやまさか、と首を振る。それまで上手くいっていた生徒会の内部分裂が始まったのは、紛れもなくあの男の登場からだ。しかしそれは本当にたまたま、偶然のことで。本当に、たまたま……たまたま、なんだ…?赤城の言わんとすることに対して言葉を失くす。いやそんな、まさか。そんな事がありえてたまるか。だって、あいつは、響は、一生懸命やろうとしていて、根は真面目で、そして加賀谷の弟で、……だから、なんなんだ?

「…あか、」

「こんなところにいたのか。探したぞ」

いつからそこにいたのか。木の影から現れた男に、驚きで息が止まる。
真黒な髪の毛が太陽に透ける。いつも何を考えているのかわからない無表情が、今は怒ったように表情を変えていた。

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