24



と、そのような出来事があったのが今から数えて大体二時間ほど前のこと。
部屋にある全ての扉と窓を全開にしているにもかかわらず、風一つ通らない部屋の室内温度は殺人的だった。まるで蒸し風呂のような空気の籠もったその暑さに、先ほどから全身から汗が噴き出して止まらない。
首にかけたタオルで拭っても拭っても汗は止まらずに滝のように流れていく。少し前に差し入れされたペットボトルの水はもはやお湯と化していて、それでも水分を摂らなければ倒れてしまうことは火を見るより明らかだったのでカラカラに乾いた喉をそのお湯で潤す他なかった。

それにしても、だ。
なぜ俺はこんな蒸し暑い部屋で、知らない人のために片づけなんて事をしているんだろうか。手に持ったままの錆びのついた豚の貯金箱は到底使えそうにない。なんでこんなもの仕舞っておくかな。使わないのならさっさと捨てればいいのに、捨てずに蔵の中へ適当に突っ込んでおくからこういう大変な事態になるんだろうが。
ガラクタばかりの蔵に盛大なため息を吐き出し、この蔵の持ち主の垣間見える日頃の適当さ加減に呆れながらも貯金箱をゴミ袋へ放り込んだ。使い物にならないと判断したものは各自適当に捨てて構わないと言われている。俺からすればこんなまどろっこしい事なんてせず全て捨ててしまえと思うのだがどうやらそういうわけにもいかないらしい。古い書類といくつかの物だけは避けて置いといてくれとのご達示なので一つ一つ確認していく羽目になっているのだが。

「滝真、そこの鏡って大切なやつですよね?こっち持ってきて」

「……おい、これはなんなんだ」

「?鏡だけど。さっきっからバンバン捨ててるけどちゃんと家紋が入ってないか確認してます?間違って捨てでもしたらまずい事になるけど」

「確認してるに決まってるだろ。じゃなくて、なんで夏休みわざわざ別荘に来てまで片づけなんてしてるんだよ。なんなんだよこれ」

半ばキレながらも、タンスの陰から顔を覗かせる赤城に鏡を手渡そうとすれば赤城は一瞬きょとんとしたような顔を見せ、ああこれ、バイト。となんてことの無いように、さらっととんでも無い事を言ってのけた。バイト…?手から鏡が滑り落ちる。赤城は飛び出るほどに目を剥くと手に持っていた小型の扇風機を投げ捨てて俺の足元まで体を滑り込ませてきた。予想していた派手な音はしない。赤城の腕の中に大事そうに抱え込まれた鏡と心底ホッとした様子の赤城を一瞥して、わざと派手に舌を打った。


「おまっ、馬鹿、大切なもんだって言ってんだろ?!もし割れでもしたら……」

「お前の小遣い稼ぎのためになんで俺がこんな汗だくになって働かないといけないんだ、バイトならお前一人でやれ」

ったく、二時間も黙って作業して損した気分だ。
首にかけていたタオルを外し、床にまとめられたゴミ袋を避けて出口へ歩いていく。ここまでは迎えの車に乗せられて来たが、まあ歩いてでも帰れない事はないだろう。熱中症寸前のこの身体で更に炎天下を歩くっていうのは中々ハードかもしれないが、こんなところで籠って片付けしている方が体には悪そうだ。何か後ろの方で騒ぐ赤城のいう事全てをシカトして蔵の出口に立つ。そこでようやく生温い風が全身を撫で、ほっと息を吐いた。

「待てって!話を聞けよ!」

「馬鹿、腕掴むなあっちい」

「違うんだって!」

そうして赤城の釈明が始まった。

「昨日散歩行ったって言ったじゃん、その時爺さんと知り合ったんだけど、その人この辺の自治会の会長さんらしくって。蔵の片付けをしなくちゃいけないんだけど全然人手が足りなくて困ってるって言うからつい……」

それにお前も暇そうにしてたし。そう言って口を尖らせる赤城にお前そんな人助けするとかいうキャラだったか?と顔を顰め首を捻る。
赤城は少し間をおいてから、それから、会長の爺さんが親父の知り合いだったから。と目線を逸らして続けて言った。ほれみろ、やっぱりそっちが理由じゃねえか。予想していた答えとさして変わらないそれにやっぱり、と呆れるが、とりあえずはその場で歩みを止める。赤城はその事に心底ほっとしたように息を吐くと、蔵から出て木の影まで行くとその場でしゃがみ込んだ。

「秒で赤城の息子だってバレたし、断れるわけなかったんだよ」

「そういやお前の実家この辺事業で手掛けてるって言ってたな、それにしたってその会社の息子こき使うか?」

「いや……だから、困ってたみたいだから、つい」

「はあ?つい、”僕がお手伝いしましょうか?”ってか?阿呆かてめえは。なんで家の事となると途端に八方美人になんだよ」

学校でのお前はのらりくらりとかわすタイプだろうが、と毒づけば居心地が悪いと言いたげに目線を逸らされる。赤城らしくない、と言ってしまえばそれまでなのだが、それにしたって酷い。二面性のある男は実は家絡み向けのもう一つの顔があり、計三面性あった。なんて笑えない。何も言い返してこない赤城にこれは重傷だな、と呆れた。


「で、なんでお前、俺の名前呼び捨てにしてんだよ」

「会長なんて呼んだら爺さんとお前どっちの会長を呼んでるかわからないから。だからそーま、いいじゃん仲良しっぽくて」

「勘弁してくれ。…もういいから、さっさと終わらせるぞ」

いい加減こんな重労働早く終わらせて風呂にでも入りたい。赤城はぐっと伸びをしながら立ち上がると、もう少しお付き合いお願いします、と気まずそうに言った。
全く、こんなことをさせられるくらいなら多少疲れることはわかっていたとしても晴についていくんだった。今さらながら後悔をするが、まあ最近は赤城にも助けられてきたし今回ばかりは文句を言わずに手伝ってやるかと深いため息を吐き出して、またクソ熱い蒸し風呂のような蔵へ二人して戻っていくのだった。


44/70
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -