21
「ご、ごめん、怒った?」
「飯を無駄にするような大人になるのかお前は」
「うっ……ごめんさない…」
耳がついていれば確実に垂れているであろう晴の姿に大きなため息をつく。
周りが見えていないというか、無関心というか。俯きながらもこちらを伺う晴の姿に、まあ悪気があってやったわけじゃないしな、と思い直して晴の名前を呼んだ。
「自分の分の飯、持ってこいよ。あとティッシュな」
「!う、うん」
効果音がつきそうなほど一気に明るくなった表情につい笑う。晴はそんな俺の様子に嬉しそうに頬を緩め、軽やかな足取りでキッチンの方へと向かっていった。
その後ろ姿を見つめて、犬だな。と思う。正直俺の弟は可愛い。晴に対して多少甘いのも自覚済みだがそれはもはや致し方のない事だと思う。そこばかりはどうしようもない。
「…」
「…なんだよその顔。俺が弟に甘くちゃ悪いか」
痛いほど刺さる赤城からの視線に居た堪れずそう言えば赤城は馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばした。
「いーえー。兄弟は仲良くすべきですから」
「…お前は兄弟いなかったんだっけか」
「はい、一人っ子ですよ。その分周りからの期待が大きくて、小さい頃は随分苦労しましたけど。まあでも俺は兄弟がいなくてよかったですけどね」
素っ気なくそう言う赤城の横顔から感情は読み取れない。
なぜ、赤城はそう思うのだろうか。純粋に疑問に思って尋ねると、赤城は瞳を細め口元に小さな笑みを浮かべると、内緒話をするように俺の耳元まで口を寄せた。
「お前のように、弟の存在が弱みになる事もないからね」
囁く赤城の息が耳にかかって鳥肌が立つ。
弟の存在が、弱みになる。赤城の言った言葉を自分の中で繰り返して、考える。赤城の言う通り、晴は俺にとって弱みなのだろうか。わからない。けれど、確かに晴は俺にとって大切な弟で、だからこそ甘い部分も多少はある。それが弱みになると同じ意味を持つ事になるのかは、わからないけれど。
顔を離し、何もかもを見透かしたような瞳で俺をじっと見つめる赤城に言葉は何も出てこない。その表情に笑みはなく、俺を見つめるその瞳は恐ろしいほどに冷めている。
先ほどの口ぶりからの憶測だけれど、赤城は強くなければならなかったのではないだろうか。
弱みも甘えも他人に、両親にさえ見せられず一人で生きてきたとしたら。
そんな赤城を、恵まれた環境で育った俺が理解出来るのだろうか。否、そもそもそんなこと赤城は望んでなんかいない。
俺にできることと言えば、逃げずに受け止める事くらいだろう。
いいさ、いくらでも付き合ってやるよ。言葉にするのが億劫で、ただ赤城の目を見つめ返して笑うと、微かに赤城の眉間に皺が寄った。
「兄貴、隣いい?」
「…晴」
お盆を持ち現れた晴は首を傾げる。
赤城に目を向けると先ほどまでとは打って変わってその顔には柔らかな笑みを浮かべていた。
本当、器用なんだか不器用なんだかわからない奴だ。赤城の様子に眉を顰めて晴に視線を戻すと、晴はにこにこ笑いながら今まさに俺の隣の椅子を引いて座ろうとしていた。
「いや、隣…じゃなくて前座れよ、三人並んでたらおかしいだろ」
「えーあんまかわんないでしょ」
「いいから。お前はそっち」
椅子に座る前に立ち上がらせてその背中を押す。
晴は不服そうな顔をして文句を言っていたがいちいち聞いていたらキリがない。しばらくその場で押し問答を続けるが珍しく譲らない俺に、漸く晴が折れたのだった。
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