20
リビングに足を踏み入れると、先に来ていた加賀谷と植木の視線がこちらへ向いた。二人の視線を受けつつも、晴の姿が見えないことに首を傾げる。まだ時間も早いし大方寝ているのだろう。わが弟ながらも能天気な奴だなと思う。
ここにいない晴の事を考えて一人呆れる。すると赤城が横から声をかけてきた。
「今朝食をお持ちしますので座って待っててください」そう言いながらキッチンの方へ向かう赤城に頷いて、適当にあいている席に腰を落としてふうと息を吐き出す。
朝の散歩は気分転換と、それから運動不足の俺にとって予想以上にいい運動となったみたいだ。清原はシャワーでも浴びてから来るのだろうか。食器の片付けなどがあるだろうし清原が来たタイミングで晴のやつを起こしに行こう。あまり遅くなってもお手伝いの人たちに迷惑がかかる。
心地よい充足感に満足しながらぼんやり思考を巡らせているとふと、席について先に食事を摂る植木と目が合った。
「・・・、」
気まずそうな顔をしてすぐに視線を外す植木。そんなあからさまな態度取らなくたっていいだろうに。
遠巻きでもわかる、妙に不機嫌そうな表情にいやだからどんな反応だよ。と植木の反応にこちらまで妙に気まずく思って視線を外す。
しかし、やはりあの反応を見る限り昨晩の事は夢ではなかったようだ。こうやって風紀と生徒会が少しずつ溝を埋め、いつかは一緒に手を取りあっていけたら。そう思わずにはいられない。
・・・まあそんなことを言う前にまずは生徒会をどうにかしなくちゃいけないのだけれど。
「何か考え事ですか?」
「ん・・・ああ、いや・・・。それより悪いな、飯の用意させて」
「いえ、お気になさらず」
二人分の食事を持って隣に腰を下ろす赤城に目を向ける。赤城は自分の分の飯をお盆の上から降ろすと、お盆ごと俺に差し出した。
「それではいただきます」
「ん、いただきます」
両手を合わせて食事の挨拶をする。朝食の献立は鮭の塩焼きに味噌汁、漬物と白米といったザ・和食だ。久しぶりにこんなきちんとした朝食を摂るかもしれない。最近は暑さにやられて朝はろくな食事もとっていなかったから。
絶妙な塩加減の鮭は白米と恐ろしく合った。赤味噌で溶かれた味噌汁も程よい濃さでとてもうまい。朝食の完成度の高さに感心して、そういえば加減といえば、と昨晩のことを思い出す。
「そうだ、昨晩はマッサージ助かった。おかげで怠さも筋肉痛も残ってない。お前のお蔭だ」
「ああ、全然。むしろ会長の寝顔を見れて得した気分ですよ」
さらりと笑顔でそう言う赤城に鮭をほぐす箸が止まる。そうだ、あまりに疲れてたもんだからマッサージ中についうっかり寝落ちしてしまったんだった。いつもだったら考えられない失態につい口を噤む。赤城はなんてこともないように食事を進めて、能天気にお漬物の浸かり加減も素晴らしいですよ。と微笑んだ。
「ああ。もちろん可愛らしい寝顔は写真にも収めておりますから、これでいつでもお小遣い稼ぎは…」
「お前、ばか、消せ!」
「冗談です」
「……赤城、てめぇは…」
赤城の冗談は本当に笑えない。
隣で強く睨みつける俺のことなど微塵も気にすることなく、何食わぬ顔で味噌汁を啜る赤城の横顔を恨めしく思う。いつかこのむかつく澄まし顔を全校生徒の前で盛大に明かしてやりたいものだ。なんなら卒業式の日何か仕込みでもしてみようか、赤城に対して妙な幻想を抱いている奴ら全員に現実を突きつけてやろう。悪くない案だ。怒りの末に浮かんだ妙案とほぐれた鮭の切り身に満足して箸を伸ばした、時だった。
「あーーーにき!」
「!!?」
「晴くん。おはようございます」
背後から盛大にタックルをかましてきた弟のおかげで箸は手からすっぽ抜けて床に転がり落ちる。味噌汁はお盆の上に広がって、せっかくほぐした切り身も一部卓上に散らかってしまった。
朝食の無残な姿に言葉をなくす。俺の、切り身…が。
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