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「勿体ぶった言い方したけどそんな面白い話じゃないよ、本家と分家の話なんてここに通ってる生徒ではそう珍しい事でもないだろうし」

清原はそこまで言って、何かを思い出したようにああ、と続けて顔を上げた。

「会長のところの相良兄弟も本家だ分家だーって、それでトラブってたよね」

「……ああ、そうだったな」

相良成。秋の義理の弟で、戸際との間にトラブルを起こした張本人。成はもともと分家の者だったが、本家を継ぐ者が体の弱い秋しかいないという事に危惧した本家相良家が、成を養子として迎え入れた。その事を成なりに考え悩んだ末に窓から飛び降りるなどという行動に出たのだったが、それは戸際に止めて欲しかったと本人は言う。


「今時古いよね、考えが。でも御当家にとっては大切な事なんだろうねえ。俺にはさっぱりわからないけど」

「そうだな、…俺も、わからない」

秋の事を思う。
体が弱い秋は中々病院から出ることも叶わないし、本当に危ない時は命の危険もあった程だ。お母さんは秋が中等部に入った年に亡くなり、親父さんももう高齢だと聞く。生まれつき体の弱い秋一人に負担をかけたくないと思って、分家の子、成を養子に迎え入れたという判断も分からなくはない。清原の言う通り、御家を途絶えさせない事が一番大切な事なのだから。

しかし、俺にはわからない。
秋に負担をかけたくない?違う、きっと秋は早く死んでしまうから、そのための保険に成を養子に迎え入れた。本家の人間である秋も、親父さんもいつどうなるかわからない。その予備石が成なんだろう。
秋も、成すべてわかっている。家のことも、事情も、なんのための養子なのかも。わかった上で、二人は受け入れるしかないんだ。そうする事でしか、御家を守る事が出来ないから。

「んなこと、わかるわけないだろ」

部外者の俺には口出しする権利など存在しない。だからこそ、この行き場のない気持ちを持て余すしかないのが、どうしてもやるせなかった。

清原は瞳を細めると、固く握る俺の手を取った。その手は驚くほど冷たい。やはり海から上がってびしょ濡れのままだったせいだろうか。上着を貸しても、早く着替えなければなんの意味もなかったなと嘲るよう笑った。


「やっぱ会長は優しいね」

「…こんなのは優しさじゃない、ただのエゴだ」

「わかんない。けど、それでもいいんじゃない?」

十分だと言って強く手を握る清原に口を閉ざす。
変なやつだと、つくづく思う。今度は俺をフォローし慰めるのか。清原の手は冷たかったけれど、俺の手の熱が伝わったのか少しずつじんわりと温まっていった。


「ねえ会長。もし俺がそんな風に御家の問題に押し潰されそうになったらさ、助けてくれる?」

「助ける、って…どう」

何を、どうやって。答えがわからずに戸惑うと、清原は笑った。
何も言わずに、ただ笑う。


「俺は、」

秋は俺に助けを求めなかった。いや、多分求められなかったんだ。
俺が自分のことでいっぱいになっているあの時、秋はきっと何も言えずにいた。不安や悲しみや怒りやそう言った感情を飲み込んで、きっと一人で全てを抱え込んでいた。
俺は秋を助けたかった。それが出来ないのなら、怒れないあいつの代わりに怒鳴って、怒って、おかしいだろって全てを吐き出してやりたかった。それで、せめてずっと隣にいてやりたかったのに俺は。……周りが見えてなかったんだ。俺は、自分のことばかりで。

「いいよ、誰に重ねたって俺はあんたを許す。だからさ、お願い、その時は俺を絶対助けてよ」
「……何言ってんだ。お前が本当に無理になったら助けてやる。それでいいか?」

「……うん、絶対だからね」

清原は少し照れたように、噛み締めるように言った。
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