14



朝目が覚めて初めに抱いたのは、昨晩のあれは夢だったのではないかという疑念だった。妙にスッキリした頭で昨晩の出来事を思い浮かべる。真夜中、バルコニーで植木と二人、お互いの話をした。それは夢だとしても信じがたいような出来事だ。
植木と加賀谷の関係。俺を遠ざけようとする理由。そして俺の思い。知る由もなかったお互いの事情を聞いて、きっと何かが変わった。俺はそう信じたい、そう思いながら昨晩は眠りについたのだ。

考えれば考えるほど昨晩の出来事は全て夢のような気がして、不安になる。しかしあんな鮮明な夢、見るだろうか。もし夢だとして、一体どんな顔で植木と会えばいいんだろう。どうしようもない焦燥感が襲い、一度深く息を吸い込む。…冷静になれ。少し散歩でもして落ち着こう。
そうと決まればじっとはしてられない。ベッドから起き上がり、適当な服を引っ張り出して、袖に腕を通した。




率直に、朝の浜辺は最高だった。
時刻は6時過ぎという些か早すぎる起床となったが、海から吹く風と朝特有の澄んだ空気、そして静けさの中聞こえる波の音のコラボは正に早起きは三文の徳といったところか。
誰もいない砂浜を1人歩いていく。ビーチサンダルにかかる細かい砂が冷たくて気持ちいい。視界いっぱいに広がる青はとても穏やかだ。朝の海は、昼間の海とは全然違った顔をしていた。

「…?」

ふと、海の中に見えた影に目を凝らす。いま、何かいたよな。沖から30メートル、いやもっと離れてるだろうか、海の中に動物か、もしくは誰か人がいたような気がして不審に思う。清原がこの辺りは私有地だと言っていたし一般人ではないだろう、いやもしかしたら私有地と知らずに流されてきたサーファーだろうか。もしくは何か動物…魚?

「あれは…」

海から顔を出したそれはこちらへ少しずつ近づいてくる。徐々に海から上がってくるそれは人影だった。黒いウェットスーツを身にまとい背丈より大きいボードを抱えるその人影はこちらに気がついたのか大きく手を振ってきた。

「…?」

誰だ、知り合いか?いまいち距離が離れていて顔が見えない。懸命に目を凝らしてみるがその人影が一体誰なのかはわからなかった。
手を振る人物は俺がわかっていないことを悟ったようで、振り上げた手を降ろすと小走りで此方へ駆け寄ってきた。そして気がつく、あれは…。

「あれれ、会長じゃん!おはよー、朝早いねえ」

「清原…?」

「朝からお間抜けな顔してどしたの?あ、もしかして俺が泳げるとは思わなかった?」

「俺って結構運動神経はいい方なんだよね」そう続けて言う清原は俺の目の前まで来ると髪をかきあげた。流れて落ちていく水滴が太陽の光に反射してキラキラと光る。
身体にぴったりくっつくウェットスーツは清原の体のラインをはっきりさせていて、清原は着痩せするタイプなんだと知った。

そういえば球技大会も乗り気ではない割に結構活躍していたな。清原が普段運動している姿を見る機会なんて体育の授業くらいしかなかったせいか、ー球技大会の時も割と驚いたがー俺は清原のその姿に非常に驚いた。

「すごいな、出来るのか」

「これ?まあね。こっちに泊まる時はよくやるんだ。いい運動になるし海は嫌いじゃないから丁度いいんだよね」

「へえ…意外だな。お前はそういう、運動とか興味ないのかと思ってた」

「興味ないよ?趣味ってわけでもないし、年に一度こっちに泊まる時だけ。何となく続けてるだけだから会長が思ってるほど大層なものじゃないんだよ」

清原は笑い飛ばすようにそう言うと、ボードを脇に抱えて砂浜を歩き始めた。歩く清原の濡れた足跡をじっと見つめて、その何となく続けてるって事に対して、俺は意外に思ってるんだと清原は知る由もないだろう。興味を持ったとしてもすぐに飽きる。なにに対しても執着なんてしないような奴かと思っていた。けれどそれは多分間違っている。

立ち尽くす俺を不思議そうに振り返る清原が、なんだか全然知らない人間に思えた。

.

34/70
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -