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植木と視線が重なる。その瞳を見ていると、何か言わなければと思って口にしようとした言葉が喉につっかえて出てこなくなってしまう。それは例えようのない、不思議な感覚だった。
何だよ、言いたいことがあるなら言えばいい。いつも通り、俺のことなんか微塵も気にせずに言ってくれよ。俺はもう、お前に言いたいことは全て言い切ったのだから。

投げやりになる俺の考えが伝わったのか否か、ふと植木の猫のような、ツリ目気味の丸い目が伏せられた。


「…あんたの考えはわかった。
本当は、…わかってんだよ。あんたが影也さんにとって害だけの存在じゃないって」

「…は、」

予想だにしてなかった植木の台詞に思わず立ち尽くす。植木は、今何と言った?知るかの一言で一蹴されることを覚悟していただけに、植木の返答は一瞬にして俺の思考をフリーズさせた。
驚きでなにも言えない俺を一瞥する植木は、半ば諦めたようにため息を吐いてバルコニーの手すりに寄りかかった。

「あの人には友達がいない。あの人を本当に理解できる人なんて尚更だ」

「……まあ、その辺は否定しないが」

「あの人はそこらのモブじゃ手に負えない。けど、あんたはモブじゃないんだろうな。わかってたけど、認めたくなかったんだ」

「俺にとっては、あんたがモブでいてくれた方が都合が良いからな」自嘲気味に笑う植木に口を噤む。
自分の信じるものにとって害なすもの。それを排除する事こそが自分の役割だと信じて疑わない植木にとって、俺という存在はさぞかし厄介な事だろう。
俺を認めるということは、今までの植木の行いを否定する事と同等だ。それが難しいことくらい、俺にだってわかる。
俺と植木は想像していたよりもずっと、わかり合う事が難しい立場にいるんだとその時初めて本当に理解できたような気がした。

「だからって言って、あんたの全てを認めるわけにはいかない。影也さんがいいと言っても、俺はお前を許せそうにない」

「植木、」

「あんたに振り回される影也さんをもう見たくないんだ」

「……そうか。お前は猛犬、ってよりも忠犬なんだな」

「…はあ?」

「何の話だよ、頭沸いてんのか」と続けて言う植木はいつも通りの不機嫌な顔できつく睨みつけてきた。
よほど犬に例えられたことが癪だったのか、今にも噛み付いてきそうな植木を宥めながらも、いつも通りの植木の様子に小さく笑った。

「よっぽど好きなんだな、加賀谷が。自分のこと以外にそんなに必死になれる事なんて中々ない」

「…やめろ。好きとか、そんな低俗な言葉で片付けんな」

そう言ってそっぽを向く植木の頬は微かに赤い。非常にわかりづらいがこれは図星を突かれ照れているのだろう。またしても植木のレアな一面を見てしまったが、一体今日だけでどれだけ植木の印象が変わっただろうか。
加賀谷の事となるとまるで人が変わる植木が、少しだけ羨ましいと感じた。

「もう話すことはないだろ、さっさと部屋戻れよ」

「照れるなよ、別に恥ずかしい事じゃないだろ」

「うるせえ!さっさといけこのバ会長」

「バ会長はやめろと何度言えば……まあいい。ありがとうな、植木」

「…ふん」

仏頂面のまま手で追い払う仕草をする植木に乾いた笑みを浮かべる。もう少し話していたかったが、こうなってしまえば最早しつこくするだけ無駄だろう。最後の最後でそんな扱いなのは残念だが。仕方のない奴だとバルコニーを後にすべく歩き始める。

今夜、植木と話が出来てよかった。
扉に手をかけ、思いついたように発したお休みの言葉に、少し遅れて小さな相槌が返ってくる。そんな些細な事に満ち足りた気分で胸がいっぱいになる俺はやはり植木の言う通りちょろいのだろう。別に、それでもいい。
喜びを噛みしめるように、1人小さく手を握った。足取りは軽い。今夜はぐっすり眠れそうだった。



***


一人バルコニーに残った植木はようやく訪れた静寂に、やっと落ち着けると大きなため息をついた。
やはりあの男と自分はわかり合うことは出来ない。今夜予期せずあの男と話したことにより、それは確信となった。
お互いの譲れない部分が重なる以上、それは仕方のないこと。あの男が影也さんの友人でなければ、もしかしたら、普通の先輩後輩の関係として上手くいっていたのかもしれない。ふと同じクラスの戸際が以前話していた事を思い出して、鼻で笑う。憧れ、ね。例えそんな状況になったとしても、万が一にも俺がそんな感情を抱くなんて考えられない。


近い未来、影也さんの近くにいることで自分の首を締めることになるだろう。それでも会長、あんたはきっと捨てきれないんだろうな。友人も、立場も、理想も何もかも。
植木は月が陰ったままの空を見上げて、雲が厚く覆う今は見えない月に想いを馳せた。
馬鹿な奴。空に向けた呟きは誰に届く事なく、夜空に消えていった。

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