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植木は何も言わず、すぐに俺から視線を外して外の景色に目を向けた。
また何か噛みつかれるかと思って身構えていたが、随分落ち着いた様子におや、と思う。夜風に当たる植木に普段の猛犬のような面影はどこにも見えなかった。

だから俺は、いつものように植木を避けて逃げるように自室へ戻るのではなく、この場に留まることを選んだのだろう。

なんだか唐突に、今夜の植木と話がしたくなったのだ。

「眠くないのか?」

お前、昼間散々遊びまわってただろ。そう続けて言えば植木は昼間のことを思い出したようで、非常に迷惑そうな顔をしてからため息を吐き出した。

「あんたと同じように、飯食った後そのまま部屋で寝落ちしてたんだよ。さっき目が覚めたとこだ。あの馬鹿は消灯の時間まで元気だったらしいけどな」

嫌味交じりにそう言う植木の言わんとする事はわかる。
植木の言う、あの馬鹿。とは晴のことで間違いないだろう。
お前の弟は一体どうなってんだと言いた気に細められた目に返す言葉もない。まったく、それに関しては兄である俺が全力で謝罪をしなければならない。


「まあ、その…なんだ。晴が悪かったな、随分付き合わせたみたいで」

「…いい、別に」

前を向いたままそう答える植木は本当に怒ってなどいないようで。その横顔は涼しげで、いつも眉間に刻まれてる皺はない。
もしかしたら今夜の機嫌がいいだけではなく、晴と植木の相性は中々良いのかもしれない。
意外な組み合わせと、意外な植木の反応に、つい笑みが漏れてしまった。

「…気持ちいい風が吹くな。海からの風か」

「…塩はそこらに生えてる木である程度抑えられるからベタつかない。っつっても寝る前にあんま外にいない事だな」

「へえ、よく知ってるな。結構来るのか、ここに」

海から吹いてくる風が頬を撫で、髪を揺らす。
俺の何気ない質問に、植木はまるで攻めるかのような視線を俺に向けた。
月明かりが照らす植木はまるでいつもと違う。その瞳の強さも普段の噛み付いてくる時のものとは全くの別物で、何故だか胸がどきりとした。

「5回目」

「…なにが、」

「ここに来るのは今年で5回目。毎年一族の次期後継者たちがここで親睦を兼ねて休暇を取るから、それにくっついて来ていただけの事だ」

植木の口から出てくる小難しい単語や込み入った事情にぎょっとする。確かにこれは気軽に聞いていい話ではなかったかもしれない。しかし少し話を聞いてしまえば気になる事はたくさん出てくる。俺は欲求を抑えきれず、景色に目を向ける植木に率直な疑問を投げかけた。


「一族の次期後継者……って、清原と加賀谷は従兄弟同士だからわかるけど、お前は…」

「俺たちの一族は代々、加賀谷の一族に仕えてきたんだよ。現代でもそれは受け継がれてる。俺がここに来た年数は、俺が影也さんと出会って、あの人のもとに仕えると決めてから経った年数だ」

夜空を見上げながら、そう力強く言い放つ植木の横顔から俺は目が離せなかった。
以前から単なる風紀の間柄ではないと感じていたが、まさかそんな理由があろうとは。親子二代に渡っての主従関係はさして珍しいことでもなかったが、植木の口ぶりからするともうずっと昔から植木と加賀谷の一族の間にはそんな特殊な関係が築かれてきたのだろう。

生まれた時から決められた人生を、植木はどう思うのか。それを初めて告げられた日、植木は何を思ったのか。
そして今、植木はその事実をどのように受け止めたのか。

5回目ということは、植木が中学一年生の頃に加賀谷と出会ったということになる。
中学一年生の植木は、加賀谷の存在を受け入れたんだな。月に照らされる短く切り揃えられた茶色の髪の毛が、風に吹かれて揺れた。

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