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「俺が3つの時、母親は巡流を連れて出て行ったらしい。俺は父親に引き取られ加賀谷の当主として育てられた。父は厳格な人だったから、厳しかった」

ぽつりぽつりと話し始める加賀谷。自分の話をするなんて、本当に珍しい。話の腰を折らないように気をつけながら小さく相槌を打ち、遠くではしゃぐ三人の姿をぼんやりと目で追った。

「母親の記憶はあまりないが、温かった。優しい人だった。それはあいつを見ればわかるだろ、あいつはたくさん愛されて育った」

「…そうだな。でなきゃ、あんな馬鹿正直な人間は出来上がらない」

「っは、全くその通りだな。別に俺が愛されなかったわけじゃないし、それのせいであいつに対して嫉妬心や劣等感を抱いてるわけでもない。今更俺の目の前に現れたところで、特別なにを思ったわけでもない。…ただ、」

加賀谷が話していくその様子はまるで言葉を選ぶようにゆっくりと、一つ一つ確認しているようだ。繊細なまでのその話し方にゆっくりと加賀谷に目を向ける。加賀谷はめぐる、と実の弟の名前をぽつりと呟いた。

「あいつが、加賀谷の名に傷つく日が来るかもしれない。それだけは気がかりで……そうだな、可哀想とさえ思う」

その横顔は何かを憂いているようで。
その大人びた表情に果たしてこの男は一体どれほどの事を一人で抱えて来たのか、まるで18には見えないその表情の意味を考え、胸が締め付けられた。
加賀谷はそうならなければならなかったんだ。環境が、生い立ちが、全てが加賀谷を追い立てた。だからきっと、自分が傷つかないように俺たちとの間にも一線を引くようになったんじゃないのか。お前にとって大人になるって、そういう事なんだろ。


「お前が守れよ」

「…なに」

「兄弟なんだろ、もし響が傷つく事があればお前が守ればいい。あいつはお前の弟なんだから」

「…そう簡単な事でもねぇんだよ。あいつはもう加賀谷じゃない、俺が無駄に近づくこと必要なんてない」

食堂での一件も、見てただろ。自嘲するような加賀谷に息を呑む。しかし、ここで黙るわけにはいかない。

「それでも、……あいつの事を加賀谷から遠ざけるのはやめろよ。離れていくのか、それとも違うのか、それを決めるのは響自身だ、お前が決める事じゃない。加賀谷も響も関係ない。お前は影也であいつは巡流、ただの血の繋がった兄弟だろうが。」

これ以上弟から逃げるな。真っ直ぐ加賀谷の瞳を見つめ強く言い放つ。加賀谷はそんな俺の勝手な言葉を跳ね返すことなく、静かに黙って聞いていた。俺は当事者でも近い境遇にいるわけでもないから加賀谷の気持ちなんてわからない。全てをわかってやることなんて出来ない、けれど考えることは出来るはずだ。加賀谷の想いも、響の想いも客観的に見て考えられるはずだ。そしてそれを教えてやる事だって。

「向き合えよ。なにが起こるかわからないし、なにを思われるかもわからない。わからないから怖くて逃げ出したい。けどそれでいいのか?この先ずっと血の繋がった弟を遠ざけていくのか?そんなの、お前が辛いだけじゃねえか、そんなのは……」

「…浅葱」

風が強く吹いた。
パラソルが大きな音を立ててはためく。砂浜に挿した部分が浅かったのか、日除けとなっていた部分が少し傾いたせいで日差しが加賀谷を照らし出した。光に当たっても尚、黒く輝く加賀谷の髪の毛は、綺麗な金髪の響とまさか血の繋がっているようには到底思えない。しかし眩しさで細められた瞳に映る芯の強さはそっくりだ。
きっと二人なら上手くやっていけるはずだ。なんたって、容姿はあまり似てなくとも血の繋がった兄弟なのだから。

「おーいそこの二人、そろそろ付き合ってよー!」

「聖希…行くか、あとで文句言われても面倒だ」

「ああ、そうだな」

遠くから手を振る清原たちに加賀谷がゆっくりと腰を上げた。眩しそうに細められた目の先に映るのは青い海とびしょ濡れの三人だ。
加賀谷が行くのなら、俺が行かないわけにもいかない。ビーチサンダルを履く加賀谷に、傾いたパラソルを建て直してから行くからと声をかければ加賀谷は頷いた。

「挿せばいいんだよな…?」

意外と重量のあるパラソルを建て直して深く砂浜に挿しこむ。軽く根元を補強すれば大丈夫だろうかと砂浜をかき集め山を作り固めるようにしていくと背後から、既に先に行ったと思っていた加賀谷から名を呼ばれた。

「ん?」

「お前なら、ああいうと思った。…だから、話したのかもな」

聞いてくれてありがと。加賀谷はそれだけ言って俺の返事を待たないまま踵を返して歩き始めた。
その後ろ姿に一瞬思考が停止する。まさか、礼を言われることになるとは。ハッとして、慌ててその後ろ姿に声を投げかけた。

「こっちこそ!話してくれて、サンキュー」

やはり線を引かれていると感じたのはただの気のせいだったんだろう。例え実際に距離を置かれていたとしても、加賀谷本人にそうするつもりはきっとない。

なあ、そうだよな?俺に背を向け歩いていく加賀谷は、振り返らなかった。


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