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「お前はよかったのか?」
「何がだ」
「海。入らなくて」
「お前には俺が自分から海に入るように見えるのか?」
あっけらかんとした口調でそう言う加賀谷に思わず笑う。確かに加賀谷はそういうタイプではない、いつもこうやって一歩引いたところから眺めている。それは確かに加賀谷という人物に当てはまるはずなのに、何故かふと感じた違和感に片眉をあげた。
はて、俺の知る加賀谷はそんな奴だっただろうか。
たしかに自分から海に入ることは無くとも一緒に行こうと声をかけられれば迷う事なくついて行く。
全てのことに興味がなさそうで、自分以外の人間のことは下手すれば見下しているかのようにも見える加賀谷が、本当はただ感情を見せるのが下手クソなだけの普通の奴だということは俺が一番よく知っているはずだ。
そんな加賀谷に俺はなぜ、周りとの関わりを避けようとするような印象を持つようになったのだろうか。俺だけではない、周りの人間ほとんどが違和感なく加賀谷に対してそんなような印象を抱いてるのではないだろうか。
いつからだ。風紀委員長まで上り詰める前、一介の役員だった時までだろうか。いや、もっと前…加賀谷が風紀委員会に入ったあたりからだろうか。加賀谷が昔とは変わって、俺たちとの間に一線を引くようになったのは。
いつのまに変わってしまったのか。俺は加賀谷の変化に全然気がつかなかった。
「…なにを神妙な顔をしている」
「あー、いや。…別に。それにしても、やっぱり理事長は偉大だな」
理事長のように嬉々としながらお前を海に突き落とせる奴はなかなかいない。と誤魔化すように笑う。加賀谷は俺を一瞥してから視線を移し、海ではしゃぐ三人を眺めながら小さく頷いた。
「あの人には到底かなわない」
「わかるよ、これからどれだけ成長しようとも、あの人にだけは追いつけないような気がするんだよな」
俺がそう感じるのだ、甥である加賀谷からしたら俺以上に理事長に対してそう感じているに違いないと、加賀谷の横顔をこっそり盗み見る。
眩しそうに細められた瞳は遠くを見つめて、口元は少し緩んでいる。さぞかし優しげな表情をしているに違いない。風に煽られ、鴉の羽の色をした艶やかな黒髪が繊細に揺れた。綺麗な髪と、綺麗な横顔が眩しかった。
「あの人のことは尊敬しているし感謝もしている。すごい人だ」
加賀谷は続けて言う。
「今さらだとは思うが、あの人は俺の叔父だ」
「…」
「それで、巡流は俺の弟だ」
加賀谷はこちらを見ようともせずにまるで独り言を言うように、けれどもはっきりと聞こえる声の大きさで呟くように言った。
知っている。
そしてそんな俺の事を、加賀谷は知っているのだろう。
どんな思いで響と同じ学園に通っているのかも、自分だけが兄弟だという事実を知った上で隠し通す辛さも、想像する事しか出来ないけれどそれがどれだけのものなのかわかってやりたい。
本当に今さらな話ではあったけれど、加賀谷の口から直接聞けた事実に何故だか俺はどこかでホッとしていたんだ。
「水、飲まないと倒れるぞ」
「あ、ああ。サンキューな」
ぼんやりする俺に目を向け水を投げてよこす加賀谷。それをキャッチして、ペットボトルのキャップを回してそれを煽った。二度、三度喉を鳴らして乾いた喉を潤していく。
直射日光に当てられていないとは言うものの真っ白な砂浜からの照り返しは強く、まるで目眩を起こしているかのように目の奥がチカチカとした。
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