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「っちぇー。加賀谷さんなら兄弟仲良く!ってむしろ推奨するかと思ったのにー」

「少し大人になれ、晴」

「まず俺がそんなこと言うわけないだろう」続けてそう言う加賀谷は至って真面目な顔をしている。確かに、加賀谷がそんな兄弟仲良く。なんて事を言う姿なんて想像もつかない。それがどうもおかしくってつい吹き出すと加賀谷に睨まれた。慌てて誤魔化すように咳払いをして、そうだ清原。と未だに扉の隙間から顔を覗かせたままの清原に声をかけた。

「服とかもろもろ借りてもいいか、手ぶらで来たから何もないんだ」

「あっそれなら後で宅配で来ると思うよ、兄貴と俺の荷物」

「…はあ?どういうことだ」

「俺が事前に準備しといた」

そう言ってウインクする晴にもはや返す言葉もない。全くいつの間に…。

「とりあえず荷物届くまではうちで用意したもの使っていいから、あっ先にこれ渡しとくね」

清原から何やら紙袋を受け取る。ガサガサと乾いた音を立てながら紙袋の中を覗くとそこに入っていたものに、これは。といつの日かの事を思い出して口を噤んだ。

「…海パン。」

それはまさしく、いつの日か理事長と加賀谷と共に行った海で使用した海パンだったのだ。一体なぜ清原がこの海パンを持っているのか、甚だ疑問ではあったが訊ねる勇気はない。聞いたとしてもどうせろくな返事が返ってこないことは目に見えている。
一緒に紙袋を覗く晴は隣で息を飲むと、目を輝かせながら何か思いついたように勢いよく顔を上げた。

「海!そうだっ兄貴、海行こう海!」

「あー。後からいくから先行け、いろいろ準備とかあるから」

持ち物が現在海パンのみの俺に準備なんてものはなかったが今すぐ海に向かって走っていけるような心持ちでもないのだ。いわば精神的な準備、それが必要なのである。
それを悟ったのかはわからないが、晴はまたも不服そうな顔をした。しかしすぐに気持ちを立て直したかと思うと、軽快な足取りで少し先の部屋の扉の前まで行きドアノブを回して扉を勢いよく開けた。

「空!いくよ!」

「はっ、いきなりなに…まだ片付けしてっ」

「そんなの後でいいよ!ほらはやく準備して!いくよ!」

「あっこらまて!入ってくんな馬鹿!」

何やら争う声が聞こえてきたが誰も仲裁する事なく、無理やり部屋に入り込む晴はそのまま植木の部屋の扉を閉めてしまった。それを機に植木の声もぱったり止み、なるほど部屋の防音は完璧かと感嘆する。
それに俺の事を毛嫌いしている植木と、弟である晴は割と仲良くしているみたいで安心した。少しだけ、心配していたのだ。

「んじゃ俺も先行ってよーっと。影也、会長と親衛隊長のこと海まで案内してね」

「ああ。わかった」

「それじゃ会長、海で待ってるよ」

清原のウインクが目に痛い。やはり清原のあの上機嫌の理由に何か企みがあるような気がしてならないのだ。
先ほどの晴に続いて、植木の部屋に勝手に入っていく清原の姿を見送って、大きくため息をついた。廊下は先ほどまでからは考えられないほどに、まるで嵐が去ったように静かだ。ようやくひと段落ついたといったところか。

「元気な奴らだな」

「いや元気すぎだ。ずっとこの調子じゃこっちの身がもたないだろ」

もう既に疲れた。部屋なんてもうこの際どこだっていい、と手近に空いてた部屋のドアノブを回して室内を見渡す。ダブルサイズのベッドが一つ。机と椅子、それから小型のテレビが設置された部屋は寝泊まりするには十分すぎるほどの部屋だった。

「てか、そういえば赤城はどこ行った?」

ふと先程から見ていない顔を思い出して加賀谷に尋ねた。

「外散策して来ると言っていた。あいつが戻ってから行くか」

「あーそうするか、置いていくのは流石に可哀想だしな」

それまでどうする?と二人して廊下を挟んで顔を見合わせるが答えは出ない。
特にすることも無いし、こういう時岩村がいるとトランプやら何やら持ち出して来るから楽なんだよな。ふとここに居ない人物を思い浮かべてしまって、苦虫を噛み潰したような顔をする。嫌なことを思い出してしまった。今はあまり、あいつらの事は考えたく無い。

「…ラウンジでテレビでも見ながら待つか」

そんな俺に気がついたのか、それともこのタイミングで妥協案をただ思いついただけか。加賀谷は自室の扉を閉め、俺の肩を軽く叩くと隣をすり抜けるようにして横切った。そうしてそのまま階段の方へと歩いていく、その姿を目で追う。

「?行かないのか」

「あ、ああ。行く」

階段の前で歩みを止めた加賀谷は俺が歩き出すのを待つようにこちらをじっと見つめた。その視線にどこか気まずさを感じてつい俯くが、すぐに視線を前へ向ける。加賀谷はなにか言いかけたように少し口を開くが、特になにか言葉を発することもなくそのまま口を噤み、階段を降りて行ってしまった。
一体何を言いかけたんだろう。それとも俺の気のせいか。
気にはなったが不確定なことを問いただす気にもならず、その後ろ姿を追いかけるように廊下を進んで行くのだった。


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