夏は深く




夏休みのある一日。
代わり映えのない、ただひたすらに暑い毎日に飽きが来たころ、嵐はやって来た。否、ずっと俺の隣で息を潜めていたようだ。


「兄貴いた!なにやってんの、バス来ちゃうよ!」

「…は?バス?こんな馬鹿暑いのにどこ行く気だよ…出かけるなら車出して貰えばいいだろ。なんでわざわざバスなんて…」

「いいからはやく!ほらっもう家の前まで来てるって!」

「お前、普段なら近くのコンビニでも車出せって言うだろうが…あっ引っ張るな馬鹿、今携帯しか持ってなっ、こら、あっおい!」

「そのままでいいよもう!走って!」

「あっつい!一体なんなんだよっ!おい、晴!説明をしろ!」



***

「…で。一体これはどういう事だ晴」

揺れる車内、無理やり押し込められたバスの車内は冷房が効いていて走ったことで熱を持った体は冷やされて行く。冷たい空気に癒されながらも、走り出したバスに何やら不穏な空気を感じ取って隣で席に着き、ふう。と息を吐く晴に詰め寄った。

「そもそもなんでバスが個人宅の前に停まってんだよ。しかもこの規格、個人バスだろ。どこ連れてく気だ」

「まあまあ、とりあえず座りなよかいちょ」

ねっとりと、背後から耳元で囁く声に身体中に鳥肌が立った。目を見開き、反射的に背もたれから距離を取り振り返れば後ろの席でにやにやと笑う人物に我が目を疑う。

「なっ…んで、お前がここに、…清原」

手を顔の横でひらひらさせながら機嫌良さそうに笑うのは、まさかここにいるとは思わない、同じ学校に通う風紀の清原だった。
清原は見慣れない私服姿で俺のすぐ後ろの座席にいた、瞬時にこれは一体どういう状況なのかいくつか予測した上で、とりあえずこの席順は悪夢だとげんなりする。そんな俺なんぞ御構い無しで、清原は今日はどうもね〜と緩い挨拶を始めるのだった。

「やあ、長期の休みで晴くんの顔しか見れないのも寂しいかなと思ってやってきてしまいました〜」

「やってきてしまいました…って…」

「まあ、清原先輩のいうそれは心配ご無用だったんですけどね。兄貴が夏休み篭ってばかりも良くないかと思って」

全て目論見通りだというわけだ。してやったり顔の晴の額をデコピンする。いたっ!と額を手で覆って目を瞑る晴に大きくため息を吐き出した。

『ちなみに他にもメンツもみんな揃ってるよ〜!それではご紹介いたします…まずは一番後ろの席の方、お立ちください!』

車内にマイクで拾われた清原の声が響く。
突如始まった清原のMCにまさかまだいるのかと耳を疑う。マイクを握り、バスの後方を手のひらを向けて示す清原。それにつられてそちらへ目を向けた。

『はい!まずは我らが風紀委員長、加賀谷くんでーす!加賀谷くんの今年の夏の目標は女の子を引っ掛けること、夏の思い出はこれからみんなで作るそうでーす!ちなみに課題は全て終わっております!よっさすが我らが風紀委員長!かっこいー!』

「ええっ、加賀谷先輩、そんな破廉恥な…」

「確実に清原の適当だな…」

言われた通り席から立ち上がりぼんやり前を向く加賀谷の姿にため息をつく。どうせあいつも大してどんな状況かわかってないのだろう、一通り清原の適当な紹介を聞いてから結局加賀谷は一言も発しないでそのまま着席した。

『続きまして、こちら!我らが風紀委員幹部!植木くんでーす!彼の今年の夏の目標は一夏の過ちを犯すこ…』

「清原先輩。いい加減してください」

『おおっと怖い!これは次期風紀委員長として有望です!!』

怒った顔で清原を睨みつける植木の姿にもはや何も言う気は起こらない。これ、ただの風紀の集まりじゃねえか。隣でニコニコと清原と植木の掛け合いを見ている晴に視線を移してお前なぁ、とつぶやく。

「俺は仮にも生徒会だぞ?何も考えないで風紀の集まりに参加できるほど馬鹿にはなれねーよ」

「兄貴は気にしすぎだよ、大丈夫だって」

「…お前らが気にしなさすぎなんだよ…」

風紀と生徒会が仲良くするなとは言わないが、ただでさえ生徒会内部が崩壊気味なんだ。そんな時に生徒会長である俺が風紀と遊びに行くなんて、もし学園にそんな噂でも出回ったらどんなバッシングを受ける事になるだろうか。想像するのも恐ろしい。

「悪いが俺は途中で…」

『はーい!次は会長に続いてイレギュラーのこの方だよー!狼の群れに羊が一匹では食べられちゃうからね、こういうのはきちんとフェアーにしないと!と言うこと羊の守り役、会長の親衛隊長の赤城くんです!』

「俺なんかを風紀の皆様と会長のご交流の場に招待していただいて、本当なんと言ったらよいのか…どうぞよろしくお願いします」

唖然とする。いやおかしいだろ、色々と。礼儀正しく頭を下げて礼をすると席に着く赤城は俺と目が合うとこちらへ向かってウインクを飛ばしてきた。その笑顔にげんなりしつつ前を向く、一体これは何メンツだというのか。もうなんでもありだな。

『それじゃあみんなで有意義な夏を過ごそうねー!えいえいおー!』

「えいえいおー!」

清原に続き隣で元気よく腕を振り上げる晴にもはや何から突っ込めばいいのかわからずに頭を抱えた。
なんなんだよこのバスは。一体なんの面子でこれからどこへ行くというのか、いやもうなんだっていいから、俺をこのバスから降ろしてくれ!

そんな俺の切なる願いが聞き届けられることはなかった。こうして御一行を乗せたバスは都心から離れ、郊外を走っていくことになるのである。

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