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「…秋、お前やばいんじゃないか…?」

「うっ……どうにかなるって思ってたけど、やっぱレベル高いな星渦…」


「〜〜っ!そこそこ…!よしっよしっそのままそのまま……っあー!!!くっそ、あと一踏ん張りが足んないんだよ、真面目にやれよなぁ…」

「お前が真面目にやれ馬鹿」

どんより落ち込む秋と俺たちなんて気にもとめず、テレビに向かって何やら一人大騒ぎする晴の頭を叩く。目に涙を浮かべながら、お兄ちゃん痛いよ…と振り返る晴。晴の体が向き合っているのは机ではなくテレビだったのだがそこに映るものがまた問題で。

「お前、いつの間に競馬なんて覚えたんだ…」

「けーばぁ?何それ、ただお馬さんの駆けっこでしょ?」

「…」

こいつは素でこれなのか、それとも計算なのか…?不思議そうな顔で首を傾げる晴の真意がわからず、掛ける言葉を失う。晴は特に何も言わない俺に許されたと思ったのか今一度テレビに視線を向け「タキノミクス、残念だったね」と3着だったらしい馬に労いの言葉を掛けている。この状況でただ馬が走る様子を見ていたとは到底思えなかったが、それと同じくらい晴がギャンブルをするとも思えなかった。小さな頃馬に泣かされていた晴を思い出して、そうだよな。あの晴が競馬なんて覚えるはずないよなと思い直す。次のレースには目当ての馬は出ないらしく、晴は興味を失ったようでテレビを消して秋の進まないノートを覗き込んで来た。

「秋、ダメダメじゃん。こりゃ相当馬鹿だね」

「くっ、生意気になりやがって…」

「あんま兄貴の手を煩わせないでよね、全く。兄貴、なんか飲み物買ってこようか?」

一通り秋をからかい終わると晴は財布を持って立ち上がった。ならばとコーヒーを頼むと晴はおっけー、と笑った。

「まてまてまて、俺にも聞けよ!」

「えー。なにがいいの?」

「オレンジジュース」

「はっ」

鼻で笑う晴はそのままなにを言うでもなく病室を出ていってしまった。そんな晴の姿に呆気にとられてしまいしばらくの間静かに閉まった扉を見つめていると秋に声をかけられた。

「相変わらず生意気な弟だな」

「は、…あんなだったか?」

「あー。あいつ、昔からお前の前だと猫かぶってたからな。まさか馬の駆けっことか信じてたり…しないよな?」

「晴が?ギャンブル?まさか。晴がギャンブルなんかするはずねえだろ?」

「…」

「は?」

なんともいえず渋い顔をする秋に嫌な予感を覚える。いやまさか、実の弟の本当の姿を知らないなんて事ありえるか?いやいや、そんなこと有り得ないだろ。秋だって俺以上に久しぶりに会ったんだ、10年、いやもっと15年も前の記憶なんて多少書き換わっていたっておかしくはない。妙な沈黙を振り払うように口を噤む秋を笑い飛ばす。仮にも兄弟、兄である俺よりも秋が晴のことを知ってるはずなんかあるもんか。

「そういや、あいつ余裕で飲みもん買いに行ったけど課題は終わったのか?」

「…あ、そうだな。どうせ途中で終わらせてるね。見てやろーぜ、どれどれ…」

ベッドの上に適当に置かれたノートを拾って広げる。覗き込むようにして見る秋と共にノートを捲っていくと端から端までびっしり書かれた数式。開いた口が塞がらないとはこのことだろうか、やや癖があるが綺麗な字がノートまるまる一冊分に書き記されていて、目眩がした。流石に今日1日で全て行ったということはないだろうけれど、確実に夏休みの課題分くらいはクリアしている事だろう。
ゆっくりノートを閉じて二人して黙り込む。続く沈黙を次に破ったのは扉が開く音だった。


「ただいまーこれ兄貴の、ブラックだよね。こっち秋ね、カルビスでよかったよね?…あれ?なに二人して暗い顔してるの?」

「カルビスじゃねーし…」

「ケーキにするか。今日は勉強はおしまいだ」

「えっやった!って、いいの?え、なにその顔、こわっ」

「お前の分も食ってやる」

気を取り直す秋とはしゃぐ晴、二人の声が弾む賑やかな病室。俺は二人の様子を眺めながら買ってきてもらった缶コーヒーを手の中に収めて、その冷たさに妙な安心感を覚えた。
なんとなく、窓の外へ視線を移せば赤焼けの空に、早くも一番星が煌めいていた。


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