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side change


ある日の放課後、従兄弟の八雲がうちにやってきた。
平日にも関わらず父が珍しく家にいた事から多分アポは取っていたんだろう。部屋に通された父の姉であり八雲の母親であるおばさんが真剣な顔で父に渡す書類は、八雲が現在通っている私立星渦学園のパンフレットと推薦状だった。
世間を知るべきだという父の意向で現在通っている小学校は公立といえど居心地はそう悪いものではない。友達も出来たし授業も家庭教師に習っている俺からすれば進みは遅いけれどそれでも文句や不満はなかった。小学校へ上がって早2年、順調に学生生活を送っていた今、私立に入る事になるとしたら中学からだと勝手に思っていた俺にとっていきなり舞い込んできたこの話にはどうしたいといった感情よりもただただ面食らうばかりだった。


「滝真くんはどう思う?」

そんな俺の内情を知ってか知らずか、難色を示す父から俺へとターゲットを変えたおばさんは八雲によく似た笑顔で問いかけてきた。
どう思う、と言われても。いまいち自分がそこへ通っている光景が想像できず返答に戸惑っていると、見兼ねた父が学園のパンフレットを渡してきた。
その表紙には綺麗な建物の前で女生徒と並んで立つ八雲の姿が写っている。こんなところにまで載るとは、一体どこまで優等生をやっているのか。目の前で行儀よく座る八雲に視線を移すと、いつから見ていたのか俺をじっとまっすぐに見据える八雲に心臓が嫌な感じにどきっとした。

「滝真、今の学校に友達はいるんだろう?」

「あ、はい。秋とか、」

「ああ、相良さん。確か浅葱のお得意様の息子さんよね、それなら一緒にうちに来ちゃえばどうかしら」

「姉さん。うちはまだいいが他人の家の教育に首を突っ込むのはやめてくれ。相良さんのお家も公立に通わせているのは訳あってのことだろう」

「そうね、今のは失礼な発言だったわ。ごめんなさい」


秋とは小学校で出会ったわけではない。父の会社の取り引き先の息子が秋なのだ。偶然近所に住んでいた相良家とうちが家族ぐるみで付き合いをするようになったのは俺たちが生まれる前のことで、言ってしまえば俺と秋と晴は生まれた時からの付き合いである。
考えれば確かに、学校に友達がいると言っても一緒に行動するのは基本秋とだし、秋と学校が離れたからといって崩れるような関係ではない事は明白だ。父の言う世間を知る事だって、まだ8つの俺にとってまだまだだとは思うけれどその辺の甘ったれた温室育ちの御曹司なんかと比べたら全然マシだとも思う。0か1かでは大きな違いだろう。
そう考えると別に俺が今の学校に残る理由などないのである。ならば、と八雲に目を向ける。八雲は俺の視線に気がつくと口角を上げて笑った。

「勿論、学園には俺もいるよ。部屋も同じにしてもらえるだろうし」
「…うん」

俺は別に八雲のことが嫌いなわけではなかった。晴はそうではないみたいだったけれど。
嫌がらせも、いじめられたって八雲のことを嫌いにはなれなかった。意地悪だし性格が悪いとも思うけれど、たまには優しいところもある。なにより俺にとって八雲は兄のような存在なのだ。

昔よく二人で押入れに潜って、薄暗くて小さな空間で八雲の大人に対する愚痴を聞いていた。俺はそれが一番楽しくて好きな時間だった。
八雲が小学校に上がると同時に星渦学園に入ってしまって、それから会うことは少なくなってしまったけれど、またあの日が帰って来るのなら。
また八雲と二人で小声で秘密の話をできるのなら。

「俺、星渦学園に入る」

いま通っている学校も、秋も、晴も、両親も、全てを置いて八雲についていく。八雲にならついていけると思ったんだ。

「よろしくお願いします。」

畳に両手をつき、ゆっくりと頭を下げた。

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